辛淑玉さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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赤い袖先

2022/12/23公開

女の眼差しによる秀逸な歴史ドラマ

©2021MBC

 歴史上の人物の中で、幾度となくドラマ化されている筆頭は、朝鮮王朝第22代国王イ・サン(世祖)だろう。名君として名高いが、祖父の英祖によって実の父親を殺され、8歳で世孫(王位継承権者)となった。そして、暗殺の恐怖に怯えながらも、権力の頂点に立つと、奴婢(奴隷)の解放など身分の壁を超える改革を推し進めようとした人物だ。

『赤い袖先』は、そのイ・サンと、宮女から側室となったソン・ドギムの物語である。

 しかし、韓国でこのドラマが一世を風靡したのは、子どもの頃運命的な出会いをし、傲慢な世子が階級の低い女性の影響で名君になり、愛が成就してヨカッタヨカッタなどという韓ドラの定番ストーリーとはかけ離れた内容だったからだ。

 タイトルの『赤い袖先』は、宮女の制服の袖先が赤く染められていたことから来ている。これは、王(または世子)のお手つき可能な女だという印であり、宮女が他の男と恋に落ちることは死に直結した。

 後宮とは、王朝継続のために作られた、王の子孫を作るための装置である。王(または世子)が宮女の誰かを気に入れば、いつでも性行為が可能だった。正妻は王族や両班出身でなければならなかったのに対して側室は身分が低くてもなれたが、一度寵愛を受けるともう外に出ることは許されず、後宮の中でただ王の寵愛を待ち続ける、嫉妬と絶望に満ちた監獄同然の生活が待っていた。

 物語には登場しないが、実在のイ・サンには8歳のときに決められていた正室、孝懿王后金氏がいた。しかし、彼女は子どもを産むことなく、宮女出身のソン・ドギムが寵愛を受けた。ドギムは待望の男子を産んだが、その子は4歳で死亡し、二人目の女子も生まれて2ヶ月足らずで死亡。ドギム自身も出産がもとで死んでいる。

 サンはドギムの他にも三人の側室を持ったが、うち二人には子どもができず、残った一人との間にようやく生まれた男子が第23代国王・純祖となった。

 このドラマは、サンとドギムの出会いから別れまでの物語に、現代にまで続く家父長制下の女と子どもの苦悩を重ねて描いたと言っていいだろう。

 サンの子ども時代、王の怒りを買って懲罰を受けるシーンがある。祖父である王は父を殺した人物であり、その怒りはそのまま命の危機だった。苦悩するサンの姿は、DVオヤジの下で生きる子どもたちと重なる。「親」が、どこで怒りを爆発させるか分からないという恐怖だ。

©2021MBC

 後に、青年となったサンの取り巻きが、度重なる王の理不尽な振る舞いに謀反を起こそうとするが、そのときサンが「どうして分かってくれないんだ?王は私のおじいちゃんなんだ!」と叫ぶシーンは、多くの虐待児童の「それでも親が好き」という感情そのものだ。

 宮女としてひたすらサンに尽くすドギム。

 サンは「愛するお前を守る」と言い切ったが、ドギムは側室となることを固辞する。「オレの愛が消えるのが怖いのか?」という問いには、「あなたは一人の宮女を手に入れるが、私はすべてを失う。それが怖い」と。

 いくら恋心があっても、「家」制度の中に絡めとられる恐怖がそこにある。

 あれほど命がけで自分を守り難局を共に乗り切ってきたドギムが側室となることを断り続ける理由が理解できないサンは、ついに業を煮やしてドギムに罰を与える。そう、多くの男が支配のために力を行使するのと同じだ。しかし、どんな過酷な状況に置かれてもドギムは自分の「心」を守ろうとする。

©2021MBC

 圧巻だったのは、側室となったドギムが臨終の間際、最後に会いたいと言ったのが、夫である王・サンではなかったこと。ここまで韓ドラ定番の予想を裏切る展開には、あっぱれとしか言いようがない。

 世の多くの妻が終生夫を支え続け、しかしそこには女の人生の犠牲しかなかったことを夫は理解しない。ドギムの言葉の前でたじろぐサン。過去、韓ドラの歴史物で、これほど切なくこっぴどく、「力ある男」と対峙した恋愛ドラマがあっただろうか?

 思えば、サンも、世の多くの男たちも、女の下支えのおかげでなんとかその人生をやりくりできたのだ。それは、男たちが求め続ける色恋沙汰の性愛ではなく、「慈愛」そのものだ。だからこそ、ドギムの「生まれ変わったら、次は自分を探さないでほしい」という言葉の意味は深い。

 終盤に近づくにつれ、何度もどんでん返しが続くが、そのたびにドラマは深みを帯びていく。このあとは、是非ドラマを見てもらいたい。「あなた」の居るべきところ、それはどこなのか、その答えが見えてくるはずだ。

予告編

今回ご紹介した作品

赤い袖先

DVD
『赤い袖先』発売中
DVD SET1【特典DVD付】16,720円(税込)
DVD SET2【特典DVD付】20,900円(税込)
Blu-ray SET1【特典Blu-ray付】18,700円(税込)
Blu-ray SET2【特典Blu-ray付】23,100円(税込)
※DVDレンタル中
発売・販売元: NBCユニバーサル・エンターテイメント
配信
U-NEXTで独占先行配信中

情報は2022年12月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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