辛淑玉さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ミスター・サンシャイン

2023/02/13公開

イ・ビョンホン主演・辛未洋擾に端を発する名作大河ドラマ

Netflixシリーズ『ミスター・サンシャイン』独占配信中

 韓ドラの名作というといつも名前があがる『ミスター・サンシャイン』(主演:イ・ビョンホン)。ケーブルテレビでの放送だったのに、韓国ではその年のドラマの視聴率第2位を獲得したほどの人気を集めた。

 これ、ドラマの秀逸さ、歴史性、人間愛など、どれをとっても抜群の作品なのだが、長い間紹介をためらっていたのは、日本の視聴者にとって惜しい点が一つだけあるからだ。

 物語の発端は1866年にさかのぼる。当時、通商を求めて朝鮮に来た米国の武装商船シャーマン号が朝鮮の住民を殺害したため、焼き討ちされて乗組員全員が殺されるという事件が起きた。これに対して1871年、米国は謝罪と通商を求めて艦隊を派遣し、朝鮮を襲撃した。

 この混乱の中、奴婢として生まれた子どものチェ・ユジンが軍艦に乗り込んで米国に渡り、困難を乗り越えて軍人(イ・ビョンホン)となり、大統領の命令により、自分を人間扱いしなかった祖国朝鮮に赴任する。

 このユジンと、日本への留学経験を持つ地主の息子キム・ヒソン(ピョン・ヨハン)、そして最下層の被差別民であるペッチョン(白丁)の家系に生まれ、日本に渡って右翼団体「黒龍会」の漢城(ソウル)支部長となったク・ドンメ(ユ・ヨンソク)が、激動する時代の流れに翻弄されながら、それぞれの「祖国」と対峙する。

 資産家の家に生まれ、民衆から搾取した金で留学までさせてもらったヒソンの、板挟みとなった人間としての葛藤。朝鮮王朝からゴミのように扱われた人間が祖国を守るというアイロニー。そして、そんな男たちが希望を託した米国や日本が、実は空疎なものであったことを思い知らされる絶望。

 国境を越えて生きる人間は、あるときは米国人や日本人、あるときは朝鮮人とされ、最後は両方から「敵」と認定されるか見捨てられるのだ。

 荒れる時代の海で溺れる彼らがすがった枝は、朝鮮最高の名門の娘コ・エシン(キム・テリ)という存在だった。

Netflixシリーズ『ミスター・サンシャイン』独占配信中

 そんな、時代に翻弄される人々とは裏腹に、権力というものは、いつの時代も自らを守ることに汲々とし、「国民」など虫ケラのようにしか思っていない。このドラマは、そうした現実を痛いほど見せつけてくる。

 観ていてハッとしたのは、植民地支配下での抵抗運動が、実は私たちが聞かされていたものよりも遥かに複雑で国際的だったことだ。地図を見れば、朝鮮は中国やロシアと地続きで、ヨーロッパにまでつながっている。その闘いは、もとからグローバルだったのだ。

 終盤、ユジンの手に最後に残された拳銃の弾がどこに向けて撃たれたのかは、ぜひドラマで見てほしい。今もその場面が頭から離れない。

 最終回の視聴率は21%を超え、数々の賞を受賞した歴史に残る作品だが、日本の人が見ると物語に没入できないのは、支配し収奪する側だったという歴史のせいではなく、日本人役の話す日本語がぎこちなくて、シリアスなシーンでもふっと気持ちが引いてしまうからだ。なので、できれば吹き替え版で観ていただきたい。

Netflixシリーズ『ミスター・サンシャイン』独占配信中

 なお、主人公のチェ・ユジンは実在の人物ファン・ギファンをモデルにしている。
 資料によると、ギファンは1883年に平安南道順天で生まれ、10代で米国に渡り、1917年に米国が第一次世界大戦に参戦すると同時に志願兵として入隊してヨーロッパ戦線で戦った。終戦後もヨーロッパに残り、フランスで独立運動家キム・ユジク(後の大韓民国臨時政府主席)に出会い、臨時政府パリ委員部書記長となった。生涯ヨーロッパを縦横無尽に動き回って独立運動に邁進した後、1923年、40歳という若さで米国ニューヨークで壮烈な死を遂げている。

 当時、英語力があり、西洋文化に精通し、米軍に服務したキャリアを持つ彼は、臨時政府にとってかけがえのない存在だったという。 逸話の一つに、過酷な日帝支配から逃れてロシア経由で英国までやってきた朝鮮人労働者たちが強制送還されようとしたとき、英国政府を説得してそれを止めたという、有名な話がある。

 ドラマの中で、ユジンは死後「高貴で偉大な者、遠足のような朝鮮に眠る」という墓碑銘とともに朝鮮の大地に埋葬されたが、実在のファン・ギファンの墓は、死後80年以上も経った2008年にニューヨークの共同墓地で発見されている。遺骨はまだ、朝鮮半島には戻っていない。

予告編

今回ご紹介した作品

ミスター・サンシャイン

Netflixにて配信中

情報は2023年2月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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