辛淑玉さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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隣のきみに恋して

2023/02/27公開

同性同士の恋愛を“軽妙に”描いた台湾発BL

 国としての実力の違いを圧倒的に感じさせられるのが台湾のBLドラマ『隣のきみに恋して』だ。

 ネットフリックスやUネクストなど、大手配信会社のコンテンツには、必ずBLというジャンルがある。既にエンタメの世界では、人を愛するのに相手の「性別」は関係ないのだ。

 BLは、そうした基本的人権への認識がマーケットを広げ経済を活性化させていった見事なモデルケースと言えるだろう。

 俳優の世界で言えば、同性同士の恋という新しい演技のジャンルができたとも言える。おのずと、それをどう演じるか、力量も問われる。

 このドラマは、単純でまっすぐなシャオ・リーチェン(チャールズ・トゥ)が勤めている会社に、子どもの時から大好きで、やたらちょっかいを出したせいで嫌われていた初恋の女性が入社してきたことから始まる。

 リーチェンは子どもの時と同様、猛烈にアタックし始めるのだが、実は彼女が「腐女子」と呼ばれるBLファンであることを知る。リーチェンは彼女の気を引くために同僚のトン・ムーレン(アンソン・チェン)に協力を求めて同性愛者のふりをするのだが、やがて自分の気持ちの変化に気づいていく。

 その後は、なにしろ単純なので、今度はムーレンに猪突猛進。そのドタバタにとまどいながらも、ムーレンもだんだん気持ちが動かされていく。

 二人とも初恋の相手は女性だし、セックス経験もある。しかし、自分たちが思い込まされてきた「男は女性を愛するのが当たり前」という常識が揺らぎ始め、やがて彼らの間にも男女間と同じような嫉妬やいたわりの感情が生まれてくる。

 そこに、同僚のイエ・シンスー(アン・ジュンポン)が、先輩ゲイとして関係性の築きかたをアドバイスしていく。一方的に思いを伝えようとするリーチェンには、「思いを伝えるのは簡単だが、失敗したらフラれるだけでなく友達を失うことにもなるから慎重に」というように。

 ところが、このシンスー自身は家族にもカミングアウトしていない。その上、継母の連れ子である弟フー・ヨンジェ(リン・ジアウェイ)から強引に迫られているというややこしさ。しかも、彼らがみんな美形なのだから、もう、あっという間に10話見てしまう。

 リーチェンが、「お前は男が好きなの?」と問われて、「いや、俺はムーレンが好きなんだ」と答える。そう、恋ってこういうものだよね、と口元が緩む。シンスーがムーレンに、付き合うときに大事なのは「セックスについてちゃんと話し合える関係であること」だとアドバイスをするシーンにはジーンときて、そうそう、そうなんだよ、と、何度もうなずいた。

 人を愛する上での様々な困難や家族との葛藤をギャグ仕立てで演出して、笑いながら泣いてしまう場面が続出。まさに、コメディってこういうものだよね、と。パワハラあり、セクハラあり、無理解あり、そして見事な性描写もありと、自分のセクシュアリティに疑問を持つ人にとってはマニュアルのような作品なのだ。

 北丸雄二さんがこのドラマについて、「このような(軽妙な)ドラマは異性愛者の関係ではたくさんあったが、それが(ようやく)同性愛のドラマとして出てきた」と言っていた。同性愛を扱った作品というと、セックスばかりの作品か、セックスを完全に剥ぎ取った作品か、そのどちらかだったからだ。

 後者の代表が、一世を風靡した『きのう何食べた?』だ。

 西島秀俊と内野聖陽のダブル主演によるこのドラマは、同性愛カップルを取り巻く「あるある」が満載で、とりわけ内野の「オネエ」風演技が称賛された。しかしこのドラマでは、まさに、清く正しくまっすぐ立ってハイと返事をする教育の成果というか、全編見事にセックスが排除されていた。

 一方、『隣のきみに恋して』は、ごく当たり前の生活の中にある、ごく当たり前の日常の恋の物語だ。そこがすごい。

 台湾は、同性婚を認め、あのオードリー・タンを政府の重鎮に起用するなど、早い段階から人権教育に力を入れてきた。他方、日本はといえば、30年もの経済的停滞だけでなく、ジェンダーバッシングが横行し、岸田首相の答弁を見るまでもなく、今でもLGBTQ+に対する「慎重な」態度を続けている。

 女の下半身を抑圧しコントロールしたいだけの時代錯誤なヘテロオヤジが力を持っているのだから、世界のマーケットに通用する商品など作れるはずがないのだ。

『隣のきみに恋して』は、強い男に愛される女が幸せだという展開が多い華流ドラマの中で、見事なカウンターを決めた。同時に、台湾が、差別を超えることで、活性化している芸能のマーケットをさらに押し上げたとも言える。台湾ドラマ、すごいなぁ。

 実は、ムーレン役のアンソン・チェンがびっくりするほどキレイなので、さっそくFacebookのお友達申請しちゃったのだ。きゃー。

今回ご紹介した作品

隣のきみに恋して

以下の配信サービスで視聴できます。
Amazonプライムビデオ/Paravi/Hulu/RakutenTV/Video Market/FOD

情報は2023年2月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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