地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
根の深い木-世宗大王の誓い-
2023/5/9配信
現代にまで続く「ハングル」誕生の物語
朝鮮王国の歴代王の中で最も人徳がある王と言われているのが、4代王の世宗大王(セジョンテワン/イ・ド 1397-1450年)だ。
父である3代王の太宗(テジョン/イ・バンウォン)は権勢欲が強く、粛清という名の虐殺により盤石な政権基盤を築き上げていた。
その後を継いで王となった世宗の国造りとは、民に文字を与えることだった。
しかしこれは、社会階層の上位にいる両班や中人からの既得権の剥奪をも意味した。卑近な言い方をすれば、「奴隷に知恵をつけさせる」ということだったからだ。
『根の深い木』は、その王による革命の物語と言ってもいい。
今で言う「中華圏」を構成する国の一つだった朝鮮では、おのずと公用語は漢語で、日常生活の中で使われる話し言葉こそあったが、それは体系化されていなかった。そこで世宗は、自身も加わって「集賢殿」という特務機関を設け、文字の研究と作成を命じた。
朝鮮屈指の学者たちが、漢字はもちろん、西夏文字、契丹文字、女真文字、さらには日本の仮名など、あらゆる文字を研究した成果が1443年に完成し、3年後の1446年に「訓民正音(ハングル)」として公布された。母音11字、子音17字の、合わせて28字(現在は24字)を組み合わせた表音文字だ。
これは、まさに革命だった。
すさまじいほどの特権階級との闘いなのだから、王とて命をかけざるを得ない。また、これほど大胆な改革は王権をもってしかできなかったとも言える。事実、この世宗の改革の成果は、19世紀からの朝鮮独立運動にもつながっている。
ドラマの内容自体はフィクションだが、ハングルがどれほどの闘いの末に世に送り出されたのかを具体的に想像できる歴史ドラマとして、『根の深い木』は今でも高い評価を得ている。
在日の私にとっても、朝鮮半島に生きる者たちにとっても、「言葉」は、いつも命と直結していた。
帝国日本による植民地化(1910年)に伴う皇民化教育によって朝鮮語の使用は禁止され、それを口にすることは命がけだった。日本では、1923年の関東大震災のとき、「15円50銭」と言わせ、濁音がきちんと発音できない者は自警団に虐殺された。
1945年の日本の敗戦と朝鮮半島の解放によって言葉の奪還が始まるが、日本社会では米ソ冷戦の中で「ハングル」教育は赤化につながるとしてGHQに弾圧された。1948年の阪神教育闘争では当時16才の少年・金太一が警官に射殺されている。
世宗大王が命をかけて民に届けた「ハングル」を、21世紀の今も命をかけて守り継いでいる人々がいる。
そして、世界の歴史を見ると、植民地では固有の言語のほとんどが宗主国の言語に置き換えられてしまったが、朝鮮半島は日本語からハングルを奪還したのだ。
少なくとも私にとって、ハングルはナショナルアイデンティティではない。むしろ、暴走する権力と闘うための武器として市井の民が持ち続けてきたもの、という認識だ。
その思いを、映画『マルモイ』(2019年)にも見ることができる。この映画では、植民地支配のもと、朝鮮語を口にしたら殺されるという状況の中で、どのようにして「国語」教育を守り切ったかが描かれている。
沖縄でも、まず薩摩による琉球侵略(1609年)があり、帝国日本による「琉球処分」後は「方言札」などを使って琉球語(ウチナーグチ)を口にする者は処罰された。
言葉を奪うというのは生活の破壊であり、人間を孤立化させ奴隷化することでもある。親との会話すらできなくなるというのは、植民地ではよく見られる光景なのだ。だから言葉の奪還は、単なる言語の奪還ではなく、連綿と続く命と生活の奪還でもあるのだ。
『根の深い木』は、まさに、根が深い。そして、今もその木には見事な花が咲いている。是非、現代にまで続くハングルの物語としてこのドラマを堪能してもらいたい。
今回ご紹介した作品
根の深い木-世宗大王の誓い-
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情報は2023年5月時点のものです。