地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
イルタ・スキャンダル ~恋は特訓コースで~
2023/12/14配信
貧しき者にとっての希望? あきらめた者たちが見る夢物語?
韓ドラで「お受験もの」といえば、大ヒットした『スカイ・キャッスル』(2018年)と、歴史風ドラマの『シュルプ(傘)』(2022年)がある。
どちらも、子どもの受験や跡継ぎ候補者選びに母親が必死になる姿を描いている。
『イルタ・スキャンダル』は、韓国ではスター職業である塾講師をメインに据えて、受験と事件を絡めながら韓国の競争社会を描いたドラマだ。(「イルタ」は一流/一番のスターを指す略語。)
物語は、塾のスター講師と、姉の子どもを引き取り親代わりとなって結婚もせず生きてきた惣菜屋の女性とのラブロマンス。この設定はある意味階層社会へのカウンターとも言えるが、結果的には競争社会を勝ち抜いていく成功物語となった。
ドラマの中では、子どもの受験のために塾の席取りに親が並び、より良いクラスに入れるよう家族一丸となって右往左往する。日本で見ると笑いを誘うシーンだが、これ、実は、フィクションではないのだ。
子どもたちは、この世に生を受けてまだ3年や4年しか経っていない頃から競争社会に組み込まれる。学校が終わると夜遅くまで塾に通わされ、塾の前には親たちの車がずらっと並ぶ。
韓国に住むある友人が、20年以上前の、自身の子育ての話をしてくれた。
その頃でも、小学校入学の段階で3年生程度の学力がない子はもう落ちこぼれだったという。だから、教師はカリキュラムに沿って指導するのだが、子どもたちにとって学校の授業は「つまらない」のだ。そのうえ毎日行かされる数々の塾でくたびれ果てて、授業中は寝ているという。
当時も、話を全く聞いてくれない生徒に向かって授業をするのが公立学校の教師の日常だったのだ。
先日、韓国の公立学校の教師たちが国会前の汝矣島に集まって「真相究明」を求めるデモを行った。教育の現場で何が起きているのかきちんと目を向けろと。
ある教師の自殺がきっかけとなっての抗議行動だったが、実はすでに公教育が崩壊して久しいことを多くの人が知っている。
生徒は授業など聞いていないのに、内申書を含めすべての責任が教師にあるかのような重荷を背負わされ、親からは罵倒され、なにかあればSNSで晒されるのだから、もう我慢の限界なのだろう。「教権(教師の権利)の回復と公教育の正常化」を求める抗議デモは、その後も続いている。
韓国第2の都市釜山での若者の意識調査によれば、約2割の若者がここから出たいと言っていた。競争に次ぐ競争を経てようやく就職しても、正社員になる道は閉ざされ、先が見えないからだ。
特に、IT化が日本よりはるかに進んだ韓国では、人間のやる仕事の多くを機械がやってしまう。9月に韓国に行ったとき、滞在中は一度も現金を使うことがなく、すべてカード決済だった。食事の注文もタッチパネル。まわりに誰もいなくても、交通違反をすれば翌月には罰金の請求書が届く。監視カメラによる交通管理が完成されているのだ。
人はより付加価値の高い仕事に従事することを求められ、3K職場はカザフスタン等からの移民に頼っている。
競争社会は新しいものも生むが、果てしない人間の疲弊と表裏一体でもある。
同じ「教育親もの」ドラマでも、『スカイ・キャッスル』は徹底的にプロテストとして作られ、『シュルプ』は母親の偉大さの中で育つ子どもを描き、『イルタ・スキャンダル』は過酷な受験競争を批判しながらも、経済力がなくても勝利を手にすることができるのだという、ある種の夢を与えている。
いずれも大ヒットしたドラマだ。
しかし、この流れを見ていると、社会に対する批判よりも、その中でいかに生き抜くかに、描き方が変ってきたようにも感じる。
『イルタ・スキャンダル』は、貧しき者にとっての希望なのか、それともあきらめた者たちが見る夢物語なのか、それはこれからわかるだろう。
時間がある方は、是非、3作品を見比べて楽しんでもらいたい。
今回ご紹介した作品
イルタ・スキャンダル ~恋は特訓コースで~
Netflixにて独占配信中
情報は2023年12月時点のものです。