辛淑玉さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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私の夫と結婚して

2024/4/12配信

現代韓国の「男」を見事に表したドラマ

 今年1月の韓国の人気テレビ番組ランキングで堂々4位に入った『私の夫と結婚して』は、現代韓国を最も象徴するドラマではないだろうか。

 特に、主人公ジウォン(パク・ミニョン)が、長年にわたり自分をいたぶってきた“親友”に、「こんなクズ男拾ってくれてありがとう」と言い放つシーンは、韓国の女たちの声なき声の代弁そのもの。

 いま、日本では会社社長(二階堂ふみ)と留学生(チェ・ジョンヒョプ)の恋愛ドラマ『Eye love you』が人気を博しているが、韓国の女友達は、「韓国男の見たいところだけつなぎ合わせたオリエンタリズムだね」とバッサリ。

 確かなことは、韓国の女性たちは、もう韓国の「男」(男性優位社会も含めて)を捨てたということだ。
 それを見事に表しているのが、世界最低の韓国の出生率0.72だ。ソウルに至っては0.55と、国家の破綻が目の前に迫っている。この数字の向こうに、この国で、この社会で、こんな男の子どもを産みたくないという女性たちの確固たる意志が見える。

 先日フィナンシャル・タイムズが公表した若い男女の意識差調査では、米国、英国、ドイツ、韓国のいずれでも女性の意識が高く、男性は保守化傾向にあることが示された。中でも注目されたのが韓国での意識ギャップ。

 他の国では、保守化しているとはいっても男子のリベラル度は±0程度だったのに、韓国男子はマイナスへと急降下していた。調査対象とされた各国の中で最も大きな男女差が出たのだ。韓国男子は保守化というより化石化へと突き進んでいた。

 分岐点は2015年。

 この年、世界的なMe Too運動が韓国でも繰り広げられた。また翌2016年には、女性に無視されたという被害妄想の34歳の男が面識のない23歳の女性を滅多刺しにして殺した江南駅トイレ殺人事件が起き、女性たちは理由もなく女が殺されていくことを自分たちの問題として立ち上がり、語り合い、支え合い、社会を変えていくための行動変容がなされた。韓国社会にフェミニズムの波が押し寄せ、正義が女たちの背中を押した。

 ところが、男たちは変わることができなかった。むしろ、男性優位の特権社会を守る側に回っていた。

 韓国社会は儒教をベースとした確固たる家父長制社会で、そこには女性差別が文化として内在している。女は二級市民で、女の価値は「家」を守り子ども(長男)を産むことにしかなかった。そうした伝統文化としての女性差別は、今も社会と生活の隅々にある。

 ひどい言い方だが、儒教社会における女性差別は“様式美”なのだ。韓国男子の多くは骨の髄まで女性差別が沁み込んでいて、学べば変われる範疇を超えている。

 主人公の夫ミンファン(イ・イギョン)の姿は、韓国のどこにでもいるママボーイ(マザコン男)の典型であり、その厚かましさ、無神経さ、根拠のない万能感、生活に対する責任感の欠如、とってつけたような言い訳や、「お前のために」という接頭語の連発、意に添わなければ手を上げて威圧する傲慢さ、金と女への執着など、どれをとっても自立していない韓国男あるあるの連発なのだ。

 いじめられっ子で主張をしない女だった主人公が、実はぐるだった夫と親友に殺された結果、結婚する前の時点にタイムスリップし、そこから人生の奪還が始まる。何としても「この男」との結婚を避けるため、必死になって自分の人生を変えていく。それはまさに自己変革であり、見ている人に「チャンスは必ず来る、諦めるな」というメッセージを送り続ける応援歌だった。だからこそ多くの世代に支持されたと言える。

 日本のドラマ『Eye Love you』は、自分の感情をなかなか口にできない女性社長が、ご飯も作ってくれ、粋な言葉を吐き、好きだとぐいぐい迫って来る韓国男子と恋に落ちるというストーリーだが、そもそも自分の意思を言葉にできないようでは社長になんかなれるわけがない。それに、私の人生経験の中で、チャラいことを言って女性を落とした男がいい夫になったのなんて見たことがない。

『私の夫と結婚して』のエンディングは王子様幻想で終わっているのだが、映画『バレリーナ』では女性を搾取し、いたぶっていた男が、最後は火炎放射器で焼き殺されている。たぶん、これが今の韓国女性のリアルな感情なのだと思う。理想の王子様でのエンディングは、クソ男たちに対する当てつけ以外のなにものでもないだろう。

 多くの韓国女性は、すでに「男」そのものを否定しているからだ。

今回ご紹介した作品

Amazon Original 『私の夫と結婚して』

配信
Prime Videoで独占配信中

情報は2024年4月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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