辛淑玉さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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リクエスト

怪物

2024/5/17配信

食もドラマも“混ぜる”からこそ旨いしおもしろい

 韓ドラのサスペンスものには、毎回、アガサ・クリスティーのドラマを初めて見たときのような感動を覚える。圧倒的にレベルが高い。中でも、ここ数年での一押しが『怪物』だ。しかも、シン・ハギュンとヨ・ジングのダブル主演という贅沢さ。

 田舎の警察官であり、以前妹殺しの容疑者とされたことのあるイ・ドンシクを演じるシン・ハギョンの不気味さ、謎めいた表情には、ぞっとするほどの魅力がある。

 物語は連続殺人事件を思わせる場面で幕を開けるが、そこにさまざまな人間模様と別の事件が絡み合い、徐々に事件の本質が露わになっていく。

 韓ドラの底流にはいつも社会問題がある。ラブコメでさえ社会問題が提起されているのだから、日本のようにかっちりジャンル分けされたストーリーでは物足りなくなるのだ。

 で、今回は、この韓ドラの「チャンポン」文化、いや、ビビンバ文化について書きたいと思う。

 以前、韓国の友人がちらし寿司をぐちゃぐちゃに混ぜて食べたときがあった。それは、日本の友だちがビビンバをちらし寿司のようにそのまま混ぜずに食べていた時以上に衝撃的だった。そう、韓国は食もドラマも混ぜる。

 なぜなら旨いからだし、面白いからだ。

 日本では「美味しい」と言う。美と書かれているように見た目も大事。一方、韓国では同じ意味の言葉を「マシイッタ(味がある)」と言う。旨いかどうかが最優先で、見た目はさほど気にしない。

 これは、結果を出せば経過は気にしないとも言える。美容整形が肯定されるのも、結果として美しくなったことを評価するからだ。自分の妻が整形する場合でも、「(整形すれば)きれいな人と一緒にいられるのに何が悪いの?」と、歯の矯正レベルの感覚だ。

 韓ドラの定番であるラーミョン(韓国のインスタントラーメン)を食べる場面でも、鍋から直接食べたり鍋の蓋を皿代わりにして食べることがよくある。とはいえ、サムギョッサルの焼いた肉をキッチンバサミでジョキジョキ切る姿を見たときは、さすがの私も「すごくないか?!」と思った。キムチもハサミで切ってプレートの上で焼きながら混ぜる。熱い鍋はペンチかくるみ割り器(韓国の家庭にはよくある)ではさんで持つ。

 そこにあるものを効率よく使うという考え方があるからこそ、韓国ではびっくりするような組合せのメニューが次々に登場する。冷麺の下味にジュースを使ったり、最近ではタッカルビをはじめとしたチーズとのコラボもある。

 まさに、旨けりゃいいのだ。

 日本人が、箸の持ち方から始まって、なんとかしぐさとか食事のマナーとか言って形にこだわるのは、型に入ることこそが美しいとされているからだろう。だから伝統とされる「◯◯道」が数多く存在する。しかし、同時にそれは、型にはめた服従の記号として、管理する者にとっても安心なのだ。日本のリクルートスーツなど、まさに、就活道の裝束といったところだろう。

 もちろん、韓国にも宮廷料理はある。日本による植民地時代に旧貴族の中で温存されたものだ。見た目はきれいだが、正直あまりおいしくないし、高い金を払って食べる人は多くない。

 朝鮮半島の歴史を紐解くと、両班に搾取された奴婢たちの願いは「飢えない」「ぶたれない」「家族が一緒にいられる」ことだった。奴隷は商品なので、それぞれ個別に売買されたからだ。

 腐敗した朝鮮王朝による圧政と、帝国日本の暴力支配による民族浄化の果てに、1945年の日本の敗戦でやっと解放されたと思ったら、今度は朝鮮戦争だ。東京を焼き尽くしたカーチス・ルメイが「半島を石器時代に戻す」と言ったほどの破壊と殺戮の中で、人々は逃げまどい、そして釜山の国際市場ができた。

 戦争中はそこにすべての物資が集まったと言われるが、逆に言えば、そこにあるものだけで何とかしなければならなかったのだ。

 手に入るものを何でも利用して、少しでも食を潤わせる。食べることは生きること。その延長線上に今の韓国の食文化がある。

 侯孝賢監督の台湾映画『悲情城市』も、最後は食べるシーンで終わる。ドラマ『怪物』も、ラストシーンでドンシクが「飯を食え」「ちゃんと寝ろ」と言う。その言葉は、まさに生の肯定であり、どんなに苦しくても食べて命をつなげという、困難な状況を生き抜くために「民」が語りついできたメッセージなのだ。

 時折、韓ドラでの食べるシーンを揶揄するコメントをネット上で目にするが、型にはまって安心しているだけでは時代は創れない。

 食文化にもドラマにも、それぞれの国の歴史があるのだ。

今回ご紹介した作品

『怪物』

配信
U-NEXT、Netflix、Prime Video、Hulu、FODほか

情報は2024年5月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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