辛淑玉さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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砂時計

2024/7/2公開

「光州事件」を正面から描いた韓国ドラマの金字塔

©SBS 提供元:PLAN Kエンタテインメント

 韓ドラを語るとき、決して外せない作品が『砂時計』だ。

 韓国の民主化の象徴と言ってもいい作品で、3人の若者の愛と友情、そして1980年の光州民衆革命(5.18)を正面から描ききった、まさに韓ドラの金字塔だ。

 これがアマゾンプライム内チャンネル「アジアプレミアム」で見られるようになった。

 貧困ゆえにアウトローとなったテスと、検事を目指す優等生のウソク。二人は同じ高校の同級生で親友だった。そして、二人から愛されていた資産家の娘へリン。

 朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の暗殺後、長く続いた軍事独裁政権に抗い民主化を求める学生デモが頻発した。そこに全斗煥(チョン・ドゥファン)がクーデターを起こし、自国民に銃を向けて民主派の皆殺しを図ったのが、いわゆる「光州事件」だ。当時はこの虐殺について、全羅道(チョルラド)以外の人たちの多くは知るすべもなかった。

 入隊後、光州の鎮圧部隊に投入されたウソク、そして民主化運動にのめりこむヘリンと、光州の市民軍として銃を持ったテス。権力に抗う人々の運命とその後の展開は、韓国社会の闇をまざまざと感じさせてくれた。

 放送後、テスが演じた「ヤクザ」が韓国で大人気となったのは、まさに、生きるためにはなりふりかまっていられなかった韓国の貧しさゆえの共感からだろう。

©SBS 提供元:PLAN Kエンタテインメント

 法廷では、検事となったウソクの前に、陥れられたテスが立つ。この3人の悲しいまでの生き方は、財閥、権力、そして名もなき民衆の姿そのものだった。

 ドラマの終盤、「大韓民国の検察として」と語るウソクの言葉の向こうに、韓国の司法の民主化を見たのは、私だけではないだろう。

 民主化のうねりに危機を覚えた当時の韓国政府は、在日の留学生たちをでっち上げの北朝鮮スパイ容疑で逮捕しては拷問、投獄を繰り返していた。在日をターゲットにしたのは、韓国内で彼らに味方する者はいないと判断したからだ。

「在日留学生によるスパイ事件」での逮捕者は1970年から1989年までで321名に達した。長期間の拘留と拷問で釈放後も日常生活が送れなかった者も少なくない。

 6年間拘留された在日二世の先輩が後の再審請求で勝訴したとき、裁判官は、「あなたが奪われた時間を取り戻すことはできないが、韓国の司法は、このようなことを二度と繰り返させないことで国家としての罪を償いたい」という趣旨の発言をしたという。

 光州市民革命では、鎮圧軍に殺された被害者は軍側の発表で198人(実際にはその数倍とも言われている)、負傷者は3千人以上。韓国国家による住民虐殺としては、「済州島四・三事件」「保導連盟事件」に続くものだった。

 全斗煥は1996年、虐殺を指示したとして起訴され死刑判決を受けたが、後に特赦となった。米国に隠していた財産は韓国に返還されたというが、今も親族は米国で優雅な生活をしている。

 2023年3月、全の孫にあたるチョン・ウウォンさんが米国から戻り、光州の犠牲者たちの墓を訪れ、謝罪をし、遺族と抱き合った。遺族は「あなたが罪を犯したのではない」と言った。ウウォンは自分のコートを脱いで墓の汚れをぬぐい、「(雑巾ではなく)少しでもいいもので(拭いてあげたかった)」と語った。長い間、苦しかったという。

 他の親族は謝罪しようとするウウォンをなんとか阻止するため精神病院に入れようとしたが、彼の母だけは、「(謝罪した息子を)誇りに思う」と言ったという。

 ウウォンは、祖父全斗煥が死ぬまで虐殺を謝罪しなかったことについて、「非常に恥ずかしく、申し訳ない」とし、「(今後も)5・18行事には、行けるのであれば(引き続き)行きたい」と語った。そして、「自分の行動によって他の家族の謝罪を導き出したい」「そうして初めて、より一層(光州虐殺の)真実が明らかになるだろう」と韓国メディアに語った。

 暴力による支配で莫大な金を手にした全一族だが、不正蓄財による裕福な生活に、孫の彼は心安らぐことがなかったのだろう。

©SBS 提供元:PLAN Kエンタテインメント

『砂時計』は、時代の荒波の中で、権力側につかされたりアウトローにならざるを得なかった人々の運命の悲劇を描いているが、その切なさの延長線上に、全の孫であるウウォンの涙がある。ウウォンの姿は、ドラマで資産家の娘ヘリンが親の不正蓄財や非人間的な搾取に反発して民主化運動に身を投じた姿と重なる。

 ドラマ『砂時計』で描かれたハン(恨=PTSD)は、現実の世界でまだ続いている。

今回ご紹介した作品

砂時計

配信
Prime Video内チャンネル「アジアプレミアム」

情報は2024年7月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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