辛淑玉さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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財閥家の末息子~Reborn Rich~

2024/9/9公開

血統主義と新自由主義 財閥家の末息子が映す韓国

© Chaebol Corp. all rights reserved

 韓ドラの設定の中で、さすがにもううんざりだなぁと思うものの筆頭が、いわゆる転生(生まれ変わり)ものだ。ドラマの中で転生が始まると、ああまたかと、途端に見る気がしなくなるのだ。実際、量産されているほとんどの転生ものは陳腐すぎて、二匹目のドジョウばかりがうじゃうじゃしている。

 韓国でも大ヒットした『財閥家の末息子~Reborn Rich~』は、ソン・ジュンギの演じる貧困家庭の青年が財閥企業に就職し、一族の忠実な犬のように裏の仕事をさせられているうちに、不正を隠ぺいするため命を狙われ、海外で撃たれる。海に転落し、そして目が覚めたら、自分を抹殺した財閥一族の孫になっていたという生まれ変わりものだ。

 あーまたか、と期待せずに2倍速の早送りでさっさと見ようと思っていたら、これがなんと、毎回画面に釘付けになってしまった。

 これほど予想を裏切られた作品も珍しい。

 原作小説は復讐を成し遂げてすっきりと終了したのだが、ドラマはそこに、さらに見事なストーリーを付け加えている。

 そう、大人のドラマに仕上がったのだ。

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 1話ごとの展開がとにかく速い。また、過去の時代に生まれ変わったせいで次に起きる出来事が的確に予測でき、そのうえで株価操作やビジネスの駆け引きが繰り広げられる。

 韓国人の誰もが体験した時代、例えば過去の大統領選など、まるで自分も過去に生まれ変わったかのような気分になり、「あああ、そっちの陣営に投資してはいかん!」などと、選挙結果を知っていることのもどかしさと優越感が交錯するのだ。

 そこに、ミステリーの面白さまでが加わる。なぜ検察官の女性は黒い服を着続けるのか、なぜこの財閥の不正に執着するのかなど、最終話近くまで謎解きが続く。

 なにしろ、毎回どんでん返しがうますぎる。しかも、そのどんでん返しが、ああ、なるほど、そうだよね、そうなんだよ、と何度もテーブルを叩いてしまうほどの見事さ。

 たとえば、一代で財を成した創業者の祖父は、あちこちに女を作って子どもを産ませながら後継者はバカでも長男という朝鮮王朝由来の伝統芸能を続けている。しかし祖母は、そんな夫に文句の一つも言わず、いわゆる「妾腹」の子どもも自分が産んだ子どもも差別することなく家に呼んでいた。(私の親の世代では、こういう女性は本当に多い)

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 そんな祖母が、いざ自身の子どもの一族内での地位が危うくなった時に取った行動など、あの世代の多くの女が秘めていた感情そのものだったりするのだ。

 人間の欲や弱さが等身大で映し出される。韓国あるある。見終わって、これはヒットするわけだと納得した。

 一人当たりのGDPで日本を抜いたとされる韓国経済は、日本をはるかにしのぐ弱肉強食の新自由主義だ。1%以下の特権階級と99%の持たざる者の世界では、いつでも99%が収奪され続ける。ドラマでは、貧しき者はどこまでも這い上がれず不幸が不幸を生むその連鎖と、金を持つ者同士の既得権争いが、対比されながら描かれている。しかも、一般社員のユン・ヒョンウと、財閥の末息子チン・ドジュンのまなざしでだ。

 朝鮮戦争後の韓国は、国土すべてが石器時代のように破壊しつくされ、かつて社会階層のトップだった王族・両班から被差別民である奴婢や白丁までもがごちゃごちゃになった。すでに日本の植民地支配で言葉も文化も失われて久しかったため、守るべきものは男の既得権である儒教道徳という名の女性差別と金だけだった。それ以外には価値のない社会として戦後をスタートしたのだ。

 そこに、朴正煕大統領の開発独裁で利権に群がった者たちが富を手にした。そして彼らの多くは帝国日本の植民地下においても甘い汁を吸ってきた者たちだった。

 韓国財閥の特徴は直系の長男を筆頭とした「血の文化」である。一族による経営権の支配だ。そこに能力など関係ない。

 日本でも話題になった「ナッツ・リターン事件」(2014年)は、まさに財閥一族の感覚がどういうものかを如実に示した。財閥会長の娘で大韓航空副社長だったチョ・ヒョナが、客室乗務員がマカダミアナッツを袋のまま提供したことにキレて罵倒し、既に滑走路に向かっていた飛行機を引き返させた事件だ。

 彼女は、自身の息子の兵役逃れのためにハワイで出産しアメリカ国籍を取得させたことも判明している。国のために死ぬのは貧乏人の役目で、金持ちの子どもは一生銀のスプーンで飯を食い続けられるのだ。

 このドラマは、そんな韓国の血統主義経済に対する見事な警告と言えるだろう。

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今回ご紹介した作品

財閥家の末息子~Reborn Rich~

配信
U-NEXTで配信中

情報は2024年9月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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