辛淑玉さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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『椿の花咲く頃』『海街チャチャチャ』
『砂の上にも花は咲く』

2024/11/22公開

この冬、ホッと癒される韓ドラ3作品

 女性の多くがサブスクで韓ドラにはまるのは、月千円程度のお金で疲れた心を癒してくれるローコストの娯楽だからだ。

 ドラマの中では、現実世界では決して出会えない、自己犠牲の塊のような恋愛対象とも出会える。たとえば『愛の不時着』の、困難な社会でも誠実に生きながら、紳士的で、やさしくて、全力で愛してくれる、イケメンのヒョンビンが演じるリ・ジョンヒョク特殊部隊大尉だ。彼の口から「そばにいなくても、いつも君が寂しくないように思っている。いつまでも幸せでいてほしい。それが僕の願いだ」「人生で絶対に忘れてはならない人は、憎い人ではなく、好きな人だ」なんて囁かれたら、たとえそれが字幕でも胸きゅんになる。

Netflixシリーズ「海街チャチャチャ」独占配信中

 物資の乏しい社会で、彼女のために闇市でシャンプーやリンスを買い求めるジョンヒョクの行動は、女性に対する「無償ケア労働」に溢れている。男性から当然のように求められた「尽くす」という女性の役割を、イケメンがごく自然に女性のためにやる。ただそれだけなのに、癒されるのだ。

 そこで今回は、この冬、頑張った女性がホッとできる、「無償ケア労働」と「自己犠牲」満載の‟純朴男子”を満喫できるドラマを三つご紹介しよう。

『椿の花咲く頃』(2019年)では、シングルマザーのドンベク(コン・ヒョジン)が田舎町に移住してスナックをやりながら子育てをするのだが、犯罪に巻き込まれてしまう。そして、地元の警察官で、彼女の自律的な生き方に惚れ込んだヨンシクが問題解決に奔走する。この方言丸出しで純朴な青年をイケメンのカン・ハヌルが演じたのは衝撃だった。KBS演技大賞の最優秀賞をはじめ、この年の様々な賞を総なめにしたほどだ。

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 ‟子連れの水商売の女性”という偏見を軽々と飛び越えたヨンシクの存在、そして田舎の閉鎖性と表裏一体のシスターフッドがあふれたこの作品は、この年の韓国の代表作となった。

『海街チャチャチャ』(2021年)は、すでに『どこかで誰かに何かあれば間違いなく現れるMr.ホン』(2004年)という映画にもなっていた人気シナリオの一つだ。便利屋の「ホン班長」(キム・ソンホ)が、都会から来た歯科医ヘジン(シン・ミナ)の面倒を見ながら恋に落ちるというお話。

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 ヘジンは利益のために不必要な治療をした上司を糾弾したことで職を失い、田舎町での開業を強いられる。都会的であるがゆえに住民とはなじめず衝突を繰り返すが、町の何でも屋ホン班長が仲立ちとなって住民たちとの交流が始まる。

 人の好いホン班長の姿は無償の「感情労働」「ケア労働」であると当時に、彼は古典的な「頼れる男」でもある。キム・ソンホが、彼らしい、軽いけど誠実という味のある若者を演じている。

 最新作『砂の上にも花は咲く』(2023年)では、父親が事件に巻き込まれたことで悪い噂が立ち土地を離れた少女ユギュン(イ・ジュミョン)が、シルム(韓国相撲)チームの管理チーム長として田舎町に戻ってくる。子どもの頃からユギュンを慕っていたシルムの神童ベクトゥ(チャン・ドンユン)はチーム長はユギュンだと確信するが、本人はユギュンだと認めない。実は、刑事になっていた彼女は事件の捜査のために来ていたのだ。

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 故郷を後にする前のユギュンは町一番のガキ大将で、ずば抜けた運動神経を持ち、男の子分たちを従えていた。ずっと下っ端として彼女についてきたベクトゥが、初恋の相手でもある彼女との再会を経て成長していくという青春物語。

 なにしろ、彼女のために役に立とうと懸命になる素朴な若者を、あの超美男子のチャン・ドンユンが、14キロも太って演じたのだ。そのしぐさだけでも口元が緩む。

 三作いずれも、女性のためにケア労働をするのは「田舎町の男の子」という設定だ。女性のほうは、シングルマザー、都会で左遷されたエリート、地域社会から追い出された少女と、閉鎖社会の犠牲者たちだ。

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 ケア労働をする都会の男子がいないのは、都会こそが男性優位社会で、男の既得権の頂点だからだろう。

 2024年の世界ジェンダーギャップ指数118位(G7最下位)の日本は、まさに男尊女卑の国と言っていいだろう。女性差別撤廃条約の批准から40年も経とうとしているのに、賃金格差はいまも厳然と存在している。

 今でも、一人親になると正規職員への就職には困難が伴う。賃金格差は経済格差であり、生活の質の格差で、教育格差に直結する。

 そんな社会でも女たちは生きてきたし、これからも生きていかなくてはならない。

 疲れるよね。

 だからこそ、この冬は徹底的に尽くされてみよう。韓ドラで。

Netflixシリーズ「椿の花咲く頃」独占配信中

今回ご紹介した作品

Netflixシリーズ「椿の花咲く頃」
Netflixシリーズ「海街チャチャチャ」
Netflixシリーズ「砂の上にも花は咲く」

配信
Netflixにて独占配信中

情報は2024年11月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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