地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
スノードロップ
2025/5/23公開
韓国現代史の悲劇に翻弄される若者たちのラブストーリー
© 2025 Disney and its related entities
1987年は韓国軍事独裁政権の最後の悪あがきの年で、ソウル大生の朴鍾哲君が拷問により殺された年でもある。
ドラマ『スノードロップ』は、この民主化運動から民主化宣言に至る時期を背景にした、名門男子学生(実は北朝鮮の工作員)とKCIA(国家安全企画部)部長を父に持つ女子学生とのヒューマンラブストリーだ。
男子学生スホを演じたのは「韓国の弟」と呼ばれてきた甘いマスクのチョン・ヘイン、女子学生ヨンロ役は世界的スター「BLACKPINK」のジスとくれば、もう内容なんて構わないから見たい、と思わせるほどのビックカップルだ。放送前から注目されるのは無理からぬことだった。
残念なことに『スノードロップ』は、その話題性の高さゆえに予告段階から躓き、憶測とデマによって批判が殺到し、打ち切り請願が36万筆に達し、制作側は異例の対応を強いられた。
グライダーで非武装地帯を越えた財閥の娘と北の高官の息子という突拍子もない南北恋愛ドラマで世界的にヒットした『愛の不時着』(2019年)に対する批判は皆無だったのに、その二番煎じとも言われていた『スノードロップ』はなぜこれほどの批判にさらされたのだろうか。それはおそらく、笑ってスルーするには生々しすぎる韓国現代史の悲劇があったからだろう。
© 2025 Disney and its related entities
物語は、負傷した名門男子大学生スホが女子寮に逃げ込んできたことからスタートする。見ると、かつてヨンロが合コンで胸をときめかした相手だった。彼をかくまい、父に逆らって最後まで信じ続けたヨンロ。二人は国家の思惑やそれぞれの運命に絡め取られながらも愛を貫くという、王道のラブストーリーだ。
しかも、回を重ねるごとに敵と味方の区別がつかなくなっていき、終盤まで「えっ、こいつが?」と思う展開に息が抜けない。なかなかの作品に仕上がっている。
しかし、「北」「アカ」と決めつけた者には殺害のフリーパスを手にしていた拷問フェチのKCIAが人間としてカッコよく描かれているのは、ゲシュタポや特高警察を美化するようなもので、不適切と言うしかない。しかも、「学生の中に北の工作員がいる」という設定自体、当時少なからぬ数の学生を投獄し、拷問し、殺していった軍事政権の嘘を正当化していると解釈されても仕方がないだろう。
これでは、トラウマによるある種の身体的拒否反応が出てくるのも無理はない。
韓国では、今でも「北のスパイ」というレッテルが、それこそ水戸黄門の葵の御紋のように、何をしても許される通行証として機能する。そして韓国政府はこれを、朝鮮戦争後一貫して政権維持に利用してきた。
1970年代に日本から韓国の大学に留学していた在日の先輩たちも、ある日突然逮捕され、拷問によって北朝鮮のスパイに仕立て上げられ、有罪判決を受けた。中には死刑になった者もいる。「学園浸透スパイ団事件」という。
後に民主政権下の再審で全員が無罪判決を受けたが、彼らは今でも日常生活に支障のある傷を負っている。身体の痛みも、心の痛みも、消えることはない。
再審の過程で、彼らが冤罪のターゲットにされたのは、「在日」であるがゆえに韓国内で支援者を得ることが難しく、罪に陥れるのが容易だったから、ということが明らかになった。
いまも戦争状態の中にある南北分断国家では、権力を維持するために、いくらでもこのようなでっち上げが行われる。
私にとって、ドラマで描かれた1987年は、初めて韓国を訪れた年だった。しかし、金浦空港に降り立ったとたんに警官に取り囲まれて勾留され、韓国の親戚がスパイを匿っているとして通報された。あの恐怖は今も忘れられない。
韓国は、民主化を達成してまだ30数年だ。今も国民の約半数が強硬な保守であり、民主主義は僅差でようやく維持してきたと言っても過言ではない。少しでも手を抜けば、反共を理由に政権がまた暴走するかもしれないのだ。
『スノードロップ』をドラマとして割り切って堪能できるようになるには、朝鮮半島にはまだ時間が必要なのかもしれない。
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今回ご紹介した作品
スノードロップ
- 配信
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情報は2025年5月時点のものです。