辛淑玉さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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逆賊~民の英雄 ホン・ギルドン~

2025/6/16公開

韓国で語り継がれる伝説の英雄の物語

©2017 MBC

 日本人の誰もが“桃太郎”を知っているように、韓国人で“ホン・ギルドン(洪吉童)”を知らない者はいない。そのくらい広く語り継がれてきた伝説の英雄なのだ。今でも韓国の公的書類では彼の名が「やまだ・たろう」のように姓名のサンプルとして使われているほどだ。

 ドラマ『逆賊~民の英雄 ホン・ギルドン~』は、人間離れした怪力の持ち主である奴婢の子ギルドンが、朝鮮王朝で最も残虐な王だった燕山君(第10代)に抗い、ついには王の首をすげ替えるという革命ドラマだ。これに、身分差を乗り越えたラブロマンスが加わる。

 主演のユン・ギュンサンのぽっちゃりした感じが、なんとも韓国のお茶の間的でいい。45話あるが、あっという間に見てしまう。

 韓国で語り継がれている伝説としてのホン・ギルドン物語では、彼は宰相の父と奴婢の母の間に生まれた。朝鮮王朝時代には母の出自で身分が決まったため、抜きん出て優れた能力を持っていた彼も差別に打ちのめされた。絶望した彼は仲間を集めて義賊となり、特権的権力者を襲っては、その富を被差別者に分け与えた。物語は民衆からの拍手喝采で終わる。

 日本でホン・ギルドンに近い義賊といえば、安土桃山時代の盗賊で豊臣政権に反抗した石川五右衛門や、江戸時代の鼠小僧次郎吉などがいる。これらはいずれも、抑圧された民が産んだ、ささやかな希望の物語なのだ。

 ただし、日本の「桃太郎」伝説は大きく異なる。桃太郎は、自分たちが被害を受けたわけでもないのに、ただ鬼だからという理由で鬼たちを討伐し、奪った財宝も自分の身内にだけ与えた。しかも、たかがキビ団子一つでサルやキジ、犬たちに鬼との死闘を演じさせた。英雄が民衆側に立って戦うのではなく、英雄のために民衆が命を捧げるのだから、まるで逆だと言える。

 最後は釜茹でにされた石川五右衛門とは異なり、ホン・ギルドン物語では、王を頂点とした両班・良民・奴婢という絶対的な階級差別(奴婢は犬猫以下の存在)の中にありながらも、ギルドンは処刑されることなく生き延び、南の国の王となったとされている。

 英雄の最後を不幸なものにしたくないという民の願いが、沖縄移住伝説にもつながったのだろう。いわゆる“オケヤアカハチ”伝説だ。

 アカハチの別名は“ホンカワラアカハチ”。石垣島に流れ着いてそこの領主になり、琉球王府軍と戦った。彼は人並み外れた大男で抜群の力持ち。正義感が強く、島の自由のために権力と戦い、島民から太陽とあがめられた。彼の精神は今も「アカハチ精神」として島民に受け継がれているという。

 海は世界をつなぐ道だったことを考えれば、今の私たちが想像する以上に、多くの国々はつながっていたのだろう。

 歴史書の中では、石川五右衛門はただの極悪犯だし、ホン・ギルドンは、『李朝実録』の燕山君6年(1500年)10月22日の条に、「世間を騒がせた盗賊洪吉同(ホン・ギルドン)なる者が捕縛された」という記録があるだけだ。

©2017 MBC

 ホン・ギルドン伝説が伝えたかったものは、奪われし者たちの切なる「願い」だったように思う。ドラマ『逆賊』は、出自による差別や一族による血の継承という権力構造への抵抗、そして「私の身体は私のものだ」という奴隷制度からの解放・自己奪還の物語でもある。

 朝鮮王朝時代の奴婢の願いは、「ぶたれない」「飢えない」「家族が一緒に住める(家畜として別々に売られない)」だった。

 そんな切なる願いが英雄を生んだのだろう。 500年に及ぶ朝鮮王朝による抑圧、帝国日本による植民地支配、そして3年に及ぶ地上戦を繰り返した朝鮮戦争。その後も韓国では軍事独裁政権、北朝鮮では一党独裁の世襲政権と、朝鮮半島の民の苦悩は終わることがなかった。

 韓ドラが、絶えず弱き者の側に立ち、コメディの中でも社会の矛盾を描き、勇気を与え続けているのは、大衆が今もホン・ギルドンを求め続けているからだろう。

今回ご紹介した作品

逆賊~民の英雄 ホン・ギルドン~

配信
U-NEXTにて独占配信中

情報は2025年6月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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