地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
おつかれさま
2025/12/15公開
「それでも夢をあきらめない」女たちの言霊

Netflixシリーズ「おつかれさま」独占配信中
『おつかれさま』に多くの女性たちが魅了されたのは、誰にとっても主人公エスン(IU)の人生のどこかに、自分の人生と重なるものがあったからだろう。
男尊女卑の儒教社会、「女らしさ」の強要、様々なしがらみやガラスの天井、更には、貧困がもたらす不幸のスパイラル。
そして、意志を持った女たちが直面する最初の壁が“家族”だというしんどさ。
エスンは1951年、済州島で海女の母と甲斐性のない父の間に生まれ、極貧の家庭で育った。当時、女の子に学問は必要ないとされ、エスンは単なる労働力として扱われた。
一歳年上の幼馴染グァンシク(パク・ボゴム)はエスンが大好きで、実家からくすねた売り物の魚をこっそりエスンに渡したり、エスンが売り子をするときは代わって売り場に立ち、彼女が本を読む時間を作ってくれたりした。
グァンシクがエスンを大好きであることは近所の女性たちには周知の事実で、エスンが「将来大統領になる」と言えば、グァンシクは「僕は大統領夫人になる」と言う。そんな二人だった。
やがて母が死に、父は再婚。異母きょうだいの面倒を見なければならなくなり、学ぶ夢はさらに遠のく。エスンの母は、「女に生まれるなら牛の方がまし」と言っていたが、それはまさに、牛以下の扱いが女の人生だったからだ。
夫となったグァンシクは、いい人ではあるのだが、金儲けの才覚があるわけではないし、事業を起こすための元手もない。だから貧困の中で母となり、子どもが生まれ……。そして子どもたちが独り立ちしていくまでの、約50年間の女の人生をドラマは描き切った。

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タイトルの『おつかれさま』は、本当に、全ての女たちにかけてあげたい言葉として胸に届いた。
このドラマで、三世代にわたる女性の困難さを描くために削られたものがあるとすれば、それは済州島と韓国の歴史である。
この点については、韓国でも厳しい批判を受けた。
ドラマはドキュメンタリーではないので歴史上の事実をすべて盛り込むわけにはいかないが、例えばフェミニズムと言っても白人女性の目で見た現実と黒人女性の目で見た現実ではまるで異なるように、女の人生もそのバックボーンを抜きにしてひと括りにはできないのだ。
韓国は、ソウルの経済力を10とするなら第二の都市釜山は2と言われているくらい中央と地方の格差が激しいが、朝鮮王朝時代から島流しの流刑地だった済州島は、中でもとりわけ貧しい土地だった。
朝鮮半島は、日清日露の戦争で戦場とされた後、1910年には日本の植民地となった。1945年8月の解放後は冷戦下で南北に分断され、東西対立からの白色テロで、済州島では多くの住民が虐殺された。世にいう1948年の「四三事件」である。
その後も、翌年5月頃まですさまじい殺戮が繰り広げられ、島の人口は28万人から3万人弱まで減少した。島内の大半の村は焼き尽くされ、全体で70%、山麓の村だけを見れば95%が廃墟となった。
ドラマでグァンシクとエスンが生まれたのは、それからほんの1、2年後のことだ。その上すぐに朝鮮戦争が始まった。3年に及ぶ地上戦が繰り広げられ、その後も軍事独裁政権が1988年まで続いた。
そう、エスンとグァンシクが37~38歳になるまで、韓国は民主主義とは程遠い時代を過ごしてきたのだ。

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済州島には石と風と(働く)女しかないと言われ続けたのは、すさまじい暴力の歴史が背景にあるからだ。
家族を殺され、男手も働く場もない中で、自分の親族を殺した相手との結婚を強いられた女たちの屈辱と血の歴史がそこにはある。
そうした歴史を重ねてみれば、『おつかれさま』を単純に「済州島の話」として受け入れられないというのは、当たり前の感情だろう。
しかしだからこそ、見る人には物語の裏に流れる、「それでも生きるんだ」「それでも夢をあきらめない」というメッセージを、困難な時代を生き抜いた済州島の女の言霊として受け止めてもらいたい。
今回ご紹介した作品
Netflixシリーズ「おつかれさま」
- 配信
- Netflixにて独占配信中
情報は2025年12月時点のものです。














