辛淑玉さんのドラマ批評 - セマンティックエラー

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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セマンティックエラー

2026/3/9公開

韓国で爆発的にヒットしたBLドラマ

画像:セマンティックエラー 1

提供:トムス・エンタテインメント © 2022 Watcha All Rights Reserved.

 セマンティックエラーとは、プログラミング用語で、「意味エラー」のこと。文法(シンタックス)自体は正しいものの、プログラムの内容や論理が誤っている状態を指す。

 2022年に韓国で公開されたBL(ボーイズラブ)作品『セマンティックエラー』は、完璧な論理の世界に生きる主人公チュ・サンウ(コンピューター工学科の大学3年生)の日常に、突如、予測不可能な「先輩」チャン・ジェヨンというエラーが紛れ込んだことから始まるラブコメだ。

 これが一世を風靡したのだ。

 私はLINE漫画で読み始めてその世界に引き込まれた。原作の面白さに加え、漫画の精度の高さに圧倒されたのだ。そして、アニメ、映画、ドラマと一気通貫。

 物語は、サンウが授業のグループ発表でズルをした他の学生たちを切り捨てた結果、単位が取れなくなった中に、卒業後はアメリカ留学が決まっていた学生がいたことから始まる。デザイン科のチャラい先輩、チャン・ジェヨンだ。

 ジェヨンは友だちも多く女性にもモテる、軽くてイケメンの上級生。誰のせいで単位を落としたのか、とサンウを探し出し、執拗にちょっかいをかけてくる。

 他方、いつも決まった時間に移動し、決まった席に座り、規則正しく予定通りに事が進むことが大好きでイレギュラーなことが大嫌いなサンウは、ジェヨンがそばにいるせいで授業も手につかなくなる。ジェヨンから逃れようと必死になるのだが、いざ距離を置くとなぜか彼のことが頭から離れなくなってしまう。生真面目なサンウはその感情を論理的に説明しようとして、自分との葛藤が始まるのだ。

 サンウは、天才的なデザインセンスのあるジェヨンのスキルは認めているので、ジェヨンとの関係を維持するためにプログラムの共同開発を提案する。すると、まさに「エラー」がサンウだけでなくジェヨンにも始まるのだ。

 そこからのドタバタ劇は、是非ドラマを見てもらいたい。正反対の水と油が融合していく様は、口元が緩むほど秀逸なラブストーリーに仕上がっている。

 原作はJeo SooriのBL小説で、2018年に韓国の「RIDI BOOKS BL小説作品大賞」を受賞している。これがドラマ化されたことで、爆発的なヒットとなった。

画像:セマンティックエラー 2

提供:トムス・エンタテインメント © 2022 Watcha All Rights Reserved.

 韓国では、日本と同様に同性愛者はヘイトクライムの対象になっている。もともと家父長制が強固な儒教社会だったところにキリスト教右派が合体したのだから、結果は目も当てられない。

 その上、韓国の男子には徴兵制がある。どこの国でもそうだが、軍隊は男の下半身をコントロールすることで彼らを戦争の駒として使ってきた。韓国では軍法により同性間の性行為は犯罪(最高刑2年)とされ、政府や国防部は軍隊内で同性愛を認めると上下関係の乱れや軍規の崩壊を招き、戦闘力の低下に繋がると主張している。

 2017年には、当時の陸軍参謀総長の指示により、SNSなどで同性愛者の兵士を特定・摘発する大規模な捜査が行われ、多くの兵士が有罪判決や取り調べを受けた(ゲイ兵士捜索事件)。同性愛が違法であるがゆえに、軍隊内における性的少数者は正義の名の下でセクハラや暴行などのダーゲットにもされてきた。アムネスティをはじめ、これに対する反対運動が起きて久しい。

 今ではイギリスのBLドラマ『ハートストッパ―』が世界的に人気を博し、タイのBLドラマがそのすそ野を広げている。一方、韓ドラが世界の茶の間を席巻しているにもかかわらず、韓国発のBLドラマは漫画に比べて長い間遅れをとっていた。そこに風穴を開けた作品の一つがこの『セマンティックエラー』なのだ。

 トランプのアメリカでは、すでに軍隊から性的マイノリティの排除が始まっている。性を管理することで男を戦争で効率よく使うというのは、国家の持つ側面の一つだ。同性愛の禁止は、慰安婦制度や敗戦後のRAA(占領軍向け特殊慰安施設)などと、下半身管理という意味で表裏一体なのだ。

 人が人を愛することに、国境も民族も、階級も性別も関係ない。二人の間に同意があるなら、他者が介入すべきものではない。

 イ・ジェミョン大統領は、韓流エンタメの次は韓国の民主主義を輸出すると言った。それなら、次は自国の軍法をどう変えていくかが問われるはずだ。

『セマンテックエラー』は、漫画、アニメ、映画、ドラマと、それぞれ原作とは少しづつ異なるが、国家に抗える作品が、あらゆる若い世代のメディアを通じて家父長制の世に打って出たことに、拍手を送りたい。

今回ご紹介した作品

セマンティックエラー

配信
U-NEXTにて配信中

情報は2026年3月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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