辛淑玉さんのドラマ批評 - 済衆院/チェジュンウォン

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

>プロフィールを見る

リクエスト

済衆院/チェジュンウォン

2026/4/10公開

朝鮮半島で初めて西洋医学を学んだ医師の物語

画像:済衆院/チェジュンウォン 1

©SBS

 史実に基づいて作られたドラマ『済衆院』は、2010年の放映だが、今もその輝きが失せることなく、観る人を魅了し続けている。

 済衆院は朝鮮で最初の近代的な西洋式病院で、1885年にアメリカ人の医療宣教師ホレス・ニュートン・アレンからの提議を受けて高宗皇帝が設立した。現在のセブランス病院の前身に当たる。

 ドラマは、朝鮮王朝末期から1910年の日韓強制併合までの、日本が朝鮮半島を支配していく過程を背景に、身分制社会の重圧と時代の暗雲の中、済衆院で医学を学び、朝鮮半島で初めて西洋医学を学んだ7人の医師の一人となった、白丁(ペクチョン)出身の朴瑞陽(パク・ソヤン 1887-1940)の人生を描いている。

 白丁とは、不浄な不可触民とされた、朝鮮社会における最下層民のことだ。

 朝鮮王朝時代の身分制度では、王族を頂点として、両班(特権階級)・中人(官僚)・常民の下に売買の対象とされる奴婢があったが、白丁はさらにその下の賤民として、人間以下の扱いを受けていた。ドラマの主人公の名前ソグンゲも、直訳すると「犬の子」なのだ。

 白丁に許された職業は「汚れた仕事」として忌避された屠畜、皮革加工、精肉業などだけで、結婚も制限され、居住地の移動も禁じられ、衣服にも制約があった。

 たとえば常民が被る普通の笠は禁止で粗末な「平涼笠」や布の被り物を強制され、絹の服を着ることや、成人男性の証である髷を結うことも許されなかった。

 このように特定の集団を誰の目にも識別できる状態で社会の底辺に追いやるのは、支配体制の強化のためだ。一般人より下の集団を作ることで統治が容易になるからだ。

 差別は政治が作り、それに大衆が呼応していく。
 白丁には、葬儀で棺を使うことも許されず、戸籍には「屠」という文字を記され、学校への入学も拒否されるなどの強固な制度的差別に加え、大衆の感情のはけ口としての暴力も振りかかった。白丁は、生まれた瞬間から国家と大衆からのいわれなき差別と暴力を受け続ける存在だった。

画像:済衆院/チェジュンウォン 2

©SBS

 主人公ソグンゲは、村一番の秀才で、牛の解体の腕も一流だった。

 彼は、両班の息子で解剖学に興味を持ったペク・ドヤンに、ばれたら死刑となる死体の解剖をさせられる。しかもそれは、差別ゆえに殺された友人の遺体だった。

 拒否すれば殺され、実行しても口封じのために殺されるというのが彼らの置かれた立場なのだ。ソグンゲは命からがら逃げ延びたが、母が病の床に伏してしまう。

 差別は貧困を生み、貧困は不幸の入り口となり、医療からも遠ざけられる。近代医療が行われ始めた朝鮮半島でも、貧乏人は昔ながらの民間伝承による「治療」に頼るしかなく、母も適切な医療を受けられずに死亡する。

 命を狙われたソグンゲは名前と身分を偽って逃亡生活をする中で西洋医学の平等の精神に触れて医学を志し、腕の確かさですぐに頭角を現し、周囲の信頼を得ていく。

 そんな中、偽りの名前で生きてきたソグンゲが、父のマダンゲ(意味は「庭の犬」)をかばって「この白丁は私の父です!」とカミングアウトするシーンは、息も吸えないほどの緊張感に満ちていた。

 しかし、その父も殺されてしまう。

 父を殺した仇敵の命が医師である自分の手の中に来た時、ソグンゲは医者としてどのような行動をとるのか。そこには、人間の解放とは何かまで含んだ、濃密なメッセージが凝縮されている。

 職業選択の自由もなく、解体業しか許されなかったソグンゲを名医に押し上げたのが白丁としての解体の技術だったというペーソスを、私たちはどう受け止めればいいのだろうか。

 白丁解放の階級闘争から人権闘争に移行し、最後はレジスタンスとして植民地支配への抵抗運動に身を捧げた朴瑞陽の人生を思う。白丁出身の医者は、病気を治し、人を治し、国家の病理まで治すために生きたのだ。

 被差別民「白丁」を正面から取り上げたこの作品は、日本で例えるなら、差別と偏見に対する深い洞察を描いた松本清張の『砂の器』、大学病院を舞台に権力欲に溺れる医師と患者第一の信念を持つ医師の対照的な生き様を描いた山崎豊子の『白い巨塔』、そして被差別部落出身の青年教師の葛藤を描いた島崎藤村の『破戒』の三作品を縦糸に、植民地支配という国家の暴力を横糸として、見事に織り上げた不朽の名作と言える。

 日本でこのような作品が作れないのが悔しい。

今回ご紹介した作品

済衆院/チェジュンウォン

配信
U-NEXTにて配信中

情報は2026年4月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

週刊テレビドラマTOPへ