今祥枝さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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スモール・アックス

2022/05/09公開

ロンドンのカリブ系コミュニティの人種差別の歴史にスポットライトを当てた5本の“映画”選集

©McQueen Limited

 19世紀に誘拐され奴隷として売られた実在のアフリカ系アメリカ人を描いた『それでも夜は明ける』で、イギリス出身の黒人監督として初のアカデミー賞作品賞を受賞したスティーヴ・マックイーン。自身のルーツであるカリブ海からのロンドンの移民の人種差別の歴史を描いた、全5話からなるアンソロジーシリーズが『スモール・アックス』だ。

 各話が1本の映画として構想・製作されている本シリーズ。海外ドラマというくくりで臨むと驚かされるが、第1話「マングローブ」は129分ある。ノッティングヒルにあるアフロ・カリビアン住民が集う料理店マングローブへの警察の圧力を発端とし、1970年代に人種差別主義の警察を相手に裁判で闘った9人(マングローブ9)の実話を、文字通り1本の映画として描き切った力作だ。怒りが頂点に達した住民たちが抗議のデモを行うダイナミックなシークエンス(編集部注:シーンの連なり。一場)や裁判の経過が、緊迫感と丁寧な人物描写とともに展開する。同時に、この地域のカリブ系コミュニティの人々の当時の様子が息づく映像世界は、音楽や衣装や美術から料理や生活習慣まで、すべてが魅力的に映る。細心の注意を払って再現されたカリブ海の文化や生活の質感にこそ、本作の醍醐味があるとも言えるだろう。

 骨太な社会派映画として第1話を観るだけでも十分に満足してしまうのだが、せっかく興味を持ったのなら第2話までは絶対に観て欲しい。うって変わって、第2話「ラヴァーズ・ロック」(72分)は、恋愛をテーマにした甘いサウンドのレゲエ、ラヴァーズ・ロックを中心に据えた雰囲気のある仕上がり。1980年のとある晩、カリブ系やアフリカからの移民の若い男女が集まるハウスパーティーの様子を、長回しを多用しながら音楽と映像を最大限に生かしてカメラはとらえていく。社会的背景として当時の若者が置かれていた苦しい立場は随所に感じられるが、だからこそ刹那的に楽しめるこうしたパーティーが、彼らにとって大事な場所であったことがよくわかる。そして青春時代のはかなさときらめきには普遍性があることを実感する。

©McQueen Limited

 本シリーズは2020年に英BBCで放送され、ロサンゼルス映画批評家協会賞ではTVシリーズとして初めて最優秀作品賞を受賞した。第1話と第2話はカンヌ国際映画祭オフィシャルセレクションに選出。またオバマ元大統領は「2020年のベスト“映画”」に同じく「ラヴァーズ・ロック」を選ぶなど、映画としての質の高さを担保する例には事欠かない。そうしたことから総じて最初の2話に目が行くが、筆者が個人的に好きなのは第3話「レッド、ホワイト&ブルー」(82分)だ。

©McQueen Limited

 白人優位主義の警察組織を内側から変えるべく、高い志を持って警察官になった実在のカリブ系黒人青年の物語。改革を志すも現実は過酷だ。そんな息子に向かって「変化は訪れるが、それは非常にゆっくりなんだ」と語る父親の言葉に、もしかしたら息子の代でもダメかもしれない、それでもあきらめずに次の世代へと少しでも良い世界を引き継いでいくのだというメッセージが心に沁みた。すべての問題を同列に語ることはできないが、今の時代のさまざまな問題への取り組み方を学ぶ思いがした。主演の『スター・ウォーズ』シリーズ続三部作(編集部注:エピソード7・8・9)のジョン・ボイエガは、2020年のアメリカでBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動の際にもいち早くロンドンで声を挙げたことでも知られている。同じく第1話の主演格の『ブラックパンサー』(2018)のレティーシャ・ライトもBLMでは力強くメッセージを発信した。このような俳優自身の強い信念や使命感のようなものが、本作が伝える血の通った躍動感とパワフルさ、熱気につながっているのだと思う。

 もうここまで来たら完走したくなるはず。第4話「アレックス・ウィートル」(67分)はイギリスの児童文学賞ガーディアン賞を受賞した作家アレックス・ウィートルの壮絶な半生。第5話「エデュケーション」(65分)の12歳の少年キングズリーは、読字障害でIQが低いという理由から特別支援学校に転校させられる。非公式の人種隔離政策が行われていた事実に基づいた本作はフィクションではあるが、マックイーン自身は識字障害と弱視であったため自身の経験が反映されていると考えられる。

 いずれも独立した物語で社会派の要素が強いが、作風や題材へのアプローチにはバリエーションがあることも注目に値する。改めて全話を監督し、脚本と製作総指揮を手がけたマックイーンのこれまでには知ることのできなかった、あるいはクリエイターとしての進化が認められるかもしれない。映画とTVの垣根を超えて、考察や研究のしがいがある要素だろう。そして何より、シリーズを完走することにより浮かび上がってくるものに感動を覚える。これは全5話を完走した人のみが享受できる特権だろう。

予告編

今回ご紹介した作品

スモール・アックス

配信
「スターチャンネルEX」
動画配信サービス スターチャンネルEXにて配信中!
放送
BS10 スターチャンネル
STAR1 字幕版
4月26日(火)より毎週火曜13:00ほか

情報は2022年5月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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