今祥枝さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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窓際のスパイ

2022/05/25公開

ゲイリー・オールドマン率いる落ちこぼれスパイチームの活躍をユーモアを交えて描くサスペンス

画像提供 Apple TV+

 人間なら誰だって間違うことはある。だが、仕事におけるたった一度のミスが命取りになることもある。それがイギリス国内の治安維持を担う情報機関、MI5(英国情報局保安部)のエージェントならなおさらだ。英国のミステリー作家、ミック・ヘロンの同名小説のドラマ化『窓際のスパイ』は、まさに“許されない失敗”により、通称「スラウハウス(泥沼の家)」と呼ばれる最下層に左遷された面々を描く。

 スラウハウスの住人に、また一人、エリートコースから脱落したリヴァー・カートライト(ジャック・ロウデン)が加わった。つい昨日までは前途洋々だったはずの彼は、今やしょぼい建物で、しょぼい面々と、極右政治家らに関連するジャーナリストの監視をしている。その任務には彼の家庭のゴミ漁りも含まれる。上司は傲慢で短気、有能だが悪名高いジャクソン・ラム(ゲイリー・オールドマン)。ほとんどいじめのような扱いを受けながら、スローホース(遅い馬)と嘲笑されるメンバーの一員として、カートライトのみじめで屈辱的な日々が始まった。

 そんな中、パキスタンの学生ハッサンが白人至上主義の極右グループ“アルビオンの息子たち”に誘拐される事件が発生。犯人は翌日の日の出にハッサンを斬首すると発表し、騒然となる。やがて極右がらみの線で、スロウハウスと極右政治家ピーター・ジャド、誘拐事件をつなぐものが浮かび上がる。それはMI5のナンバー2こと副長官ダイアナ・タヴァナー(クリスティン・スコット・トーマス)の存在だ。スローホースはいやおうなしに大きな事件に巻き込まれていく。

 シーズン2も既に撮影が終わっている本作。シーズン1は8部作の原作の2010年に出版された1作目に基づいている。筆者はドラマ視聴後に読んだが、ドラマは原作に比較的忠実な作り。キャラクターの描写も巧みで、良いアダプテーション(編集部注:脚色)だと言える。伏線の張り方、謎解きのスリル、終盤の盛り上げ方、さらには次のシーズンへと続く布石もきっちりと盛り込まれて、ミステリー、スパイサスペンスとしても大満足の出来。一度観始めたら、全6話はあっという間だろう。

 しかし、やはりこの作品の醍醐味はキャラクターにあると思う。特筆すべきは、もちろんゲイリー・オールドマンだ。荒んだ感じで嫌味ったらしい物言いをしながら、ことあるごとにネチネチと部下の無能さをあげつらう。何かというと「屁」のジョークを好むあたり、本当に下品だがそこがおかしい。

画像提供 Apple TV+

 特に因縁のあるタヴァナーと会うシーンでは、嫌がらせのようにラムの下品な笑いは冴え渡る。もっとも、だらしなくやる気のなさは全開でも、目の奥にはタダ者でない鋭い光がちらちらと見え隠れする。このラムのスパイとしての優秀さはいつ発揮されるのか、過去の秘密はいつ明かされるのかと想像が膨らむ人物像は、オールドマンの巧みな役作りがあればこそ。原作では「盛りを過ぎたティモシー・スポールによく似ている」と形容されていて、それはそれでいい感じな気もするが、オールドマンのラムはいぶし銀の魅力がある。

 スラウハウスの面々もこれまた味わい深い。ミスは絶対に自分の責任ではないと主張するカートライトを演じるのは、『ダンケルク』(2017年)やドラマ『戦争と平和』(2016年)のイギリス生まれ、スコットランド育ちのジャック・ロウデン。彼がどんなミスをしたのかの説明は、知らないで観た方が良いので書かないが、この仕掛けは原作と同じではあるが、ドラマの方が映像ならではのスケールアップ感が楽しい。このカートライトの祖父デイビッドを演じるのは大御所ジョナサン・プライス。引退したMI5の大物というのも気になる設定だ。

画像提供 Apple TV+

 その他のスローホースもクセがあるし、スラウハウスに飛ばされた理由にも幅がある。筆者が他人事とは思えないほど胸が痛んだ人物は、トップシークレットの機密ファイルを電車に置き忘れた(!)というミン・ハーパー。この事件発覚時の彼の妻のリアクションは涙なしでは語れない。負け犬ならぬスローホースのそれぞれの人生模様は、どれも苦い。

 同時に、全編を彩るオフビートなユーモアにこそ本作の持ち味がある。オールドマンが引退した敏腕スパイを演じるジョン・ル・カレ原作の重厚な映画『裏切りのサーカス』(2011年)を比較として思い浮かべる人が多いだろうが、本作にはずっと軽さがある(原作もまたしかり)。シニカルなオフィスコメディのような側面もある。製作総指揮のグレアム・ヨストの代表作は、乾いたユーモアで描く西部劇調の連邦保安官ドラマ『JUSTIFIED 俺の正義』(2010~2015年)とスパイドラマの傑作『ジ・アメリカンズ』(2013~2018年)、脚本ウィル・スミスの政治風刺コメディの秀作『Veep/ヴィープ』(2012~2019年)を手がけていると聞けば、海外ドラマファンならイメージがわくだろうか。いや、それ以上に分かりやすいのはタイトルバックで流れるテーマ曲かもしれない。

 本作のテーマ曲「ストレンジ・ゲーム」の歌詞とヴォーカルは、原作シリーズの大ファンだというローリング・ストーンズのミック・ジャガー。ダニエル・ペンバートンが曲をジャガーと共作し、プロデュースも務めた。監督のジェームズ・ホーズが「『窓際のスパイ』のムードを完璧に表現していて、そこには僕の求めていたユーモアと風格があった」と語っているが、スローホースの疎外感がよく表現されていると思う。左遷されて、孤独と屈辱に耐え続けた彼らが今回の事件を通して得た最大の収穫。それは“仲間”なのだと思った瞬間、筆者は最高に胸が熱くなった。だが、物事はそう単純ではないかもしれない。シーズン2が早くも待ち遠しくてたまらない。

予告編

今回ご紹介した作品

窓際のスパイ

Apple TV+で全話配信中

情報は2022年5月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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