今祥枝さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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コペンハーゲン: 権力と栄光

2022/06/22公開

「デンマーク初の女性首相」を描く、人気政治ドラマ最新作

Netflixシリーズ『コペンハーゲン: 権力と栄光』独占配信中

『24-TWENTY FOUR-』(2001~2010年)でアフリカ系アメリカ人として初の大統領が登場した後、現実でも2009年にバラク・オバマが大統領に就任した。最近ではウクライナのウォロディミル・ゼレンスキーが、大統領就任前に俳優として出演した『国民の僕(こくみんのしもべ)』(2015年~2016年)が話題だ。こちらも高校教師が思いがけず大統領に選出され、政界に新風を巻き起こす姿をコミカルなタッチで描き出している。

 優れたクリエイターたちは時代の空気を敏感に察知し取り入れるので、予言が的中したかのような作品が生まれることがある。2010年~2013年にデンマークの公共放送局で放送された『BORGEN』(放送時シーズン1&2の邦題は『コペンハーゲン/首相の決断』、シーズン3は『コペンハーゲン』)も、そうした作品群の一つだ。

 主人公は、予想外の展開で女性として初のデンマーク首相に就任したビアギッテ・ニュボー(シセ・バベット・クヌッセン)。誠実であろうとする良識的な人物が、連立与党を率いて首相になるが、さまざまな駆け引きの中で政治家としていかにあるべきかに葛藤し、一人の人間として私生活とのバランスに思い悩む等身大の姿を描く。

 デンマークの国民的政治ドラマと言われた本作は、国際エミー賞やピーボディ賞など数々の賞にも輝く秀作シリーズだ。シーズン1が放送後の2011年10月には、実際にデンマークでは社会民主党のヘレ・トーニング=シュミットが初の女性首相となり、ビアギッテとの共通点などがメディアで取り沙汰されるなど大いに注目を集めた。現実が作品に追いついたのか、あるいは作品が現実を後押しすることもあるのだろうか。

 一度は終了したシリーズだったが、Netflixの資本が入ることによって2022年に新シーズン(シーズン4)が製作された。それが『コペンハーゲン: 権力と栄光』だ。

 グリーンランドで石油が発見され、外務大臣となったビアギッテ・ニュボーは対応をめぐり首相のシーヌ・クラーと対立する。国内の政治的な駆け引きに注力しながら、環境保護のためにも自身と党の信念を貫き通すべく、苦心するビアギッテ。一方、巨万の富を産む石油をめぐり、ロシア、中国、アメリカ、カナダ、そしてデンマークと各国の思惑が錯綜し、国際問題に発展していく。

Netflixシリーズ『コペンハーゲン: 権力と栄光』独占配信中

 若者の自殺率の高さなど多くの問題を抱えるグリーンランドにとって、石油はデンマークと対等な交渉をするための切り札となる。そのため環境破壊は避けたくとも事情は複雑だ。一方、石油を掘削することは温暖化促進につながる旧時代の政策だとして、国内でも政府の対応に批判の声が高まっていく。国を分断する問題に、ビアギッテはどう対処していくのか?

 過去のシーズンと同じように、現実をリアルに反映した政治ドラマはスリリング。次から次へと難題が降りかかり、対外的にだけでなく身内にも敵がいるといった駆け引きの面白さはシーズン4でも健在だ。野党連立が不協和音を奏で、与党は利権に寄っていく。そうした中で、ビアギッテはベテランの政治家として狡猾さも発揮していくのだが、シーズン4の見どころは、権力を持つ人物として、53歳になったビアギッテが「どう変化したのか」という点である。

 エピソードの冒頭で、毎回賢人たちの言葉が引用されるのが本作のトレードマーク。第7話の冒頭では、「権力の本質には濫用が潜んでいる」というイマヌエル・カントが引用される。この言葉に象徴されるように、シーズン4ではビアギッテや放送局TV1に復帰した、ビアギッテのスピンドクター(編集部注:広報アドバイザー)をつとめたこともあるカトリーネ・フェンスマーク(ビアギッテ・ヨート・ソレンセン)など、かつて古い政治やマスメディアのあり方に闘いを挑んだ人々が、「今までのやり方」や「信念・矜持」を通すことで起こる摩擦が一つの争点となっている。

Netflixシリーズ『コペンハーゲン: 権力と栄光』独占配信中

 対して10代や20代の若者たちが、自分たちの主張を声高に掲げて対立する様子には、年代によって感じ方は違うだろうが、ビアギッテ世代の筆者は終始胃がキリキリするようなストレスも。大学を休学中のビアギッテの息子が環境活動家となり、「ママの世代が世界を壊してきたから、僕らが未来を作る」と母親にぶつける言葉が胸に突き刺さる。

 放送局のDR(デンマーク放送協会)といえば、『THE KILLING/キリング』(2007~2012年)ほか数々の大ヒット作・秀作シリーズで知られる。DRは「オリジナル脚本であること、社会派の要素を含むこと」を作品の条件としており、どのようなジャンルでも社会派の視点は色濃い。本作に関して言えば、エンターテインメントとしてドラマチックではあるが、綿密なリサーチのもと、現実の出来事や人物を反映させた内容は、今の世界情勢から見ても非常にリアルで見応えがある。

今回ご紹介した作品

コペンハーゲン: 権力と栄光

Netflixで独占配信中

情報は2022年6月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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