今祥枝さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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トラップ 凍える死体

2022/08/22公開

吹雪で密室状態になったアイスランドの港町で起こる、陰惨な殺人事件。村社会の複雑な人間模様も見どころ。

 この連載では欧州作品の新作を中心にセレクトしている。前々回の第4回はデンマークの政治ドラマ、第5回はノルウェーのテロを扱ったスリラーと、社会派の要素とお国柄が強く出る北欧ドラマの作風とともに紹介した。今回はアイスランドを舞台にした『トラップ 凍える死体』(2015年~)。暑い夏にぴったりな寒々とした風景に、陰惨極まりない事件が展開するミステリーだ。

 アイスランド北部の漁村シグルフィヨルズルで、漁船が身元不明の惨殺死体が発見される。だが、猛吹雪で陸の孤島と化した村に、首都レイキャビクからの応援が到達することができない。地元の警察署長アンドリと警察官ヒンリカとアウスゲイルの3名が捜査に当たるのだが、第一の敵は風雪だと言わんばかりに極寒の地での捜査はハードだ。

 夜に吹雪いているシーンも多く、真っ暗な画面に白い雪がぶわーっと吹き荒れている映像が続くと、声だけでは誰がどこで何をしているのかわからなくなる瞬間も。私は観ながら何回も、こんなところで捜査なんて無理なのでは……と思ってしまった。それほどまでに、この地の自然は過酷なのだ。ちなみにアイスランドの人名や地名もなかなか覚えにくいのだが、そうした言語や文化の違いにこそ新味があるとも言える。

 荒れ模様の天候に劣らず、事件の陰惨さも凄まじい。犯人はどうやら火災(焼死)にこだわっており、燃え盛る炎と雪の対比が鮮烈な印象。雄大な自然と村に隠された秘密のまがまがしさの対比もよく効いている。この牧歌的なようでどろどろとした村社会の閉塞感は、スティーヴン・キングから横溝正史まで、万国共通の”村もの”としての醍醐味にあふれている。

 北欧作品に欠かせない移民の問題は、本作でも大きく扱われている。また、アイスランドの映像作品を観る上で知っておきたいのが、2008年に起きたアイスランド危機だ。経済は壊滅的な打撃を受け、アメリカを筆頭に多国籍企業が進出してきたことなどを含めて、地元の経済がどれほどの苦境に立たされてきたのかは、本シリーズでも重要な要素となっている。北欧に限らずどこの国の作品でも描かれるドラッグやアルコール依存、長い冬場に目が届かないからこそはびこり続けるDVなどの根深い問題も、当たり前のように日常の風景として盛り込まれている。むしろこのような社会問題を反映している娯楽作品が少ない日本のドラマの方が、世界的に見れば異例なのかも。

 そんな陰気すぎるドラマはつらいだけじゃないかと思うだろうか。しかし、私が興味深いと思うのはアイスランドの映画に割と顕著だが、絶望を感じさせると同時に、奇妙に楽観的な空気も感じられる点だ。これほど過酷な環境の中で生き抜くには、ある種の諦念なのかもしれないが、楽観的にならざるを得ない側面もあるのかもしれないと想像する。実際に、オラフル・ダッリ・オラフソンが演じる主人公アンドリは、深い悲しみを抱えているがどっしりと構えた誠実そうなキャラクターには独特のユーモアも。そこに救われる部分もある。

 このような環境では女性は虐げられるだけの存在かと言えば、全くそうではない。実際にアイスランドは世界で最もジェンダー平等が進んでいる国の一つと言われている。7月に世界経済フォーラムが発表した男女平等の度合いを数値化した「ジェンダー・キャップ指数2022」では、男女格差が最も少ないのは1位アイスランド、2位フィンランド、3位ノルウェーと北欧勢が上位をしめる(日本は主要先進国では最低の116位)。その昔、生き抜くのが過酷なアイスランドでは女性の労働力もまた重要な資源の一つであるとする考え方を知った時は、なるほどと思ったものだ。

 こうしたアイスランドのお国柄、国民性をよく伝えている秀作映画として『たちあがる女』(2018年)がある。合唱団講師であり、豊かな自然を汚染する多国籍企業グループに一人敢然と立ち向かう環境活動家の女性が主人公。ありえないほどタフで勇気があり、過激でもあるが不思議とユーモラス。このような空気感をアイスランドの映像作品から感じることは少なくない。

 さて、少し話が逸れた。『トラップ 凍える死体』は現在シーズン2まで配信されおり、本国ではシーズン3が放送済みで、各シーズンで一つの事件が基本的に完結するスタイル。シーズン2はシーズン1から続投する登場人物も多いが、舞台は変わって牧羊を行なっている北部の町。発電所の増設をめぐり、住民たちが分断する。ここでも移民は大きなテーマかつ環境問題に揺れる住民たちの姿は、今世界各地で起きていることでもあるだろう。緑の大地が広がる美しい景観と、現実の悲惨さのギャップが生々しく感じられる映像世界は、シーズン1とはまた違ったご当地ドラマの魅力がある。

『トラップ 凍える死体』は北欧では一般的な欧州共同製作スタイル。RUV(アイスランド)、BBC(イギリス)、 ZDF(ドイツ)、 France Televisions(フランス)、SVT(スウェーデン)、DR(デンマーク)、YLE(フィンランド)などの放送局が共同出資している。クリエイターおよびショーランナー(製作総責任者)は、『エベレスト 3D』(2015年)の監督・製作のバルタザール・コルマウクル。脚本を手がけたシグリオン・キャルタンソンによる問題作「カトラ」(Netflix/2021年)も、メンタルに来る異色のアイスランドドラマとして鬱展開が好きな人にはおすすめだ。

今回ご紹介した作品

トラップ 凍える死体

Netflixで配信中

情報は2022年8月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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