今祥枝さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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80日間世界一周

2022/09/28公開

デヴィッド・テナント主演!現代に蘇る冒険小説の金字塔

©Slim 80 Days / Federation Entertainment / Peu Communications / ZDF / Be-FILMS / RTBF (Télévision belge)– 2021

 フランスの作家ジュール・ヴェルヌが、1872年に発表した古典的名作『八十日間世界一周』をドラマ化。製作費約66億円を投じ、各国でのロケ撮影と最新VFXを駆使して19世紀の世界を再現しながら、80日間で世界一周をする大冒険の旅を描き出す。英BBCのほかフランス、ドイツ、イタリア、アメリカ、ベルギー、南アフリカと、この種の欧州作品では定番の大規模な共同制作作品だ。

 1872年10月、紳士社交クラブ「改革クラブ」では、インドを横断する鉄道の開通によって80日間で世界一周が理論的に可能になったという新聞記事が話題になる。「改革クラブ」のメンバーであるロンドンの資産家フィリアス・フォッグは、自分のことを世間知らずの臆病者だと見下している学友ベラミーに対し、臆病者ではないことを証明するべく、クリスマスイブまでに戻ってくることを条件に2万ポンドを賭けた旅に出る。

 同行するのは、「改革クラブ」の給仕係として働いていたフランス人のパスパルトゥーと、フォッグの親友で、デイリー・テレグラフ誌の経営者兼編集長のフォーテスキューの娘アビゲイル・フィックス。彼女はデイリー・テレグラフ紙のジャーナリストとして先の記事を書いた人物で、フォッグの旅をリポートしようと意気込む。かくして、3人はドーバー海峡を渡ってパリへ。気球や列車、船からラクダや馬車等の陸路の移動手段もさまざまに、パリ、イタリア、香港、インド、アメリカのフロンティアから無人島まで旅をする。

 主演のフォッグを演じるのは『ドクター・フー』や『ステージド』シリーズ、『グッド・オーメンズ』などの英国人気俳優デヴィッド・テナント。

©Slim 80 Days / Federation Entertainment / Peu Communications / ZDF / Be-FILMS / RTBF (Télévision belge)– 2021

 フォッグの従者となるジャン・パスパルトゥー役は『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』の新進フランス人俳優イブラヒム・コーマ、ジャーナリストのアビゲイル・フィックス役は『白いリボン』のレオニー・ベネシュ。
フィックスは原作ではスコットランドヤードの男性刑事だったが、本作では女性に変更されている。

  冒険小説の金字塔として、これまでに1956年の映画『八十日間世界一周』、2004年の『80デイズ』ほか、何度も映像化されてきた。ドラマシリーズ『80日間世界一周』もまた、これまでの作品同様にスペクタクルな冒険を楽しむ作品であることは間違いない。しかし、格段に進化したテクノロジーを駆使し、2021年の視点から原作をアップデートさせた世界観には従来の作品のような絵空事なファンタジーといった印象はなく、この時代に文化や言語やあらゆることが未知の場所を旅することの臨場感がある。

 フォッグたちはパリに到着するとすぐに、騒然とする市民たちの混乱に巻き込まれ、フォッグは荷物を貧困にあえぐ子供たちに盗られてしまう。この日は、パスパルトゥーが祖国に残してきた兄弟が率いる反政府勢力が、フランス大統領の暗殺を実行する日だったのだ。このように、当時の政情不安や各地の貧富の差、またパスパルトゥーやフィックスに代表されるように、各地における人種マイノリティや女性への差別に関しては意識的に現代の視点が明確であり、原作とは大きく異なる新しい物語を伝えている。もっとも、旅で立ち寄る香港やインドは当時は英国の占領下にあり、植民地主義をどう物語に取り入れているのかについては意見が分かれるかもしれない。

 そうした題材の難しさもあるが、総じてロケーションからセットデザインや衣装も素晴らしく、ハンス・ジマーの音楽も効果的で審美的に印象的な作品に仕上がっている。とりわけ本作を魅力的なものにしているのが、フォッグ、フィックス、パスパルトゥーのキャラクターだ。テナントが演じるフォッグは、冒頭から大冒険に出たにもかかわらず憂鬱で悲しみをたたえており、トラウマに苦しんでいる。同時に、そこはかとないユーモアも漂わせるフォッグは、テナントだからこそ出せる味のある人物だろう。彼のトラウマが明かされ、旅の本当の目的が判明するくだりのロマン、そして彼が体現する人生の悲哀。それこそが夢や冒険を追い求めながらも、実際には堅実に年齢を重ねた多くの人々の胸に響くものがあるのではないだろうか。

 一方で、はつらつとした生命力にあふれたフィックスを演じるベネシュは、未来への希望に満ちている。実はヴェルヌの原作が大ヒットした後、フォッグの旅を実践した人々がたくさんいた。新聞社に勤めていたネリー・ブライもその一人で、1889年に72日間で世界一周を達成した彼女がフィックスのモデルだと考えられる。どうせならブライの伝記ドラマを作るべきだとも思うが、男性社会で差別的な扱いを受けながらも、誰よりもこの旅を謳歌しているように見えるフィックスは本作の肝だろう。

©Slim 80 Days / Federation Entertainment / Peu Communications / ZDF / Be-FILMS / RTBF (Télévision belge)– 2021

 従者パスパルトゥーもまた、単なる旅の仲間以上の存在感を示している。複雑な生い立ちや暗い側面もあるが、旅を通して変化していく姿は、回を重ねるごとに視聴者の共感と彼自身への興味をかき立てる。フィックスとパスパルトゥーは演じるコーマとベネシュの相性もよく、テナントが演じるフォッグとの対比もよく効いている。やがて旅を終え、それぞれに成長した3人のチーム感は胸を熱くするものがあり、シーズン2でのさらなる冒険に期待がふくらむ。19世紀の世界一周の旅はロマンも冒険も驚きもあるが、旅には今も昔も、その経験を通して人々に変化をもたらし成長を促す力がある。それこそが、私たちが無意識に旅に求めているものなのかもしれない。

予告編

今回ご紹介した作品

80日間世界一周

配信
「スターチャンネルEX」
<字幕版>9月16日(金)より配信開始(毎週1話ずつ更新)
放送
BS10 スターチャンネル
STAR1 字幕版
10月6日(木)より 毎週木曜23:00 ほか
※10月2日(日)17:00 字幕版 第1話 無料放送

情報は2022年9月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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