今祥枝さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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デリー・ガールズ ~アイルランド青春物語~

2022/10/28公開

政治紛争のさなかに生きる5人の青春をコメディタッチで描く

Netflixシリーズ「デリー・ガールズ ~アイルランド青春物語~」シーズン1~3独占配信中

 舞台は1990年代、北アイルランドのデリー。カトリックの女子校に通う仲良し5人組の青春を描いたコメディドラマ『デリー・ガールズ~アイルランド青春物語~』が、最新のシーズン3をもってして完結となった。2018年にイギリスのチャンネル4で放送されるやいなや、非常に多くの視聴者数を獲得し、同局で最も成功したコメディ作品として記録を作った本作。現在はNetflixでも配信中で、世界中で広く愛されている優れたシリーズだ。

 最大の魅力は、主演格のエリンと彼女の従姉妹のオーラ、親友のクレアとミシェル、ミシェルのイギリス人の従兄弟ジェームズら5人のキャラクターだ。とにかく騒々しい限りなのだが、1話だけでも観れば、絶対に忘れられないような個性全開。理屈っぽく口が達者なエリンをリーダーとして、それぞれにぶっ飛んでいたり変わり者だったりするが、何事にも一生懸命で憎めない。そして、エリンの家族たちや大人たちもまた、実にいい味を醸している。

 いつの時代にもアホなことをしでかすティーンエイジャーはお約束だが、大人や年寄りも笑わせてくれる。なんでそういうことをやるかなあとにやにやしたり、思わず吹き出したりしながら、1話22分程度があっという間に過ぎてしまう。ちなみにジェームズは男性だが、事情によりエリンたちと同じ女子校に通っている。強気な女子に対して、彼の弱気なキャラクターもまた良い塩梅だ。

 ファッションや音楽等々の90年代カルチャーも満載で、全体としてノスタルジーを掻き立てる。ドラマの生みの親であり、全話の脚本を手掛けるリサ・マッギーの体験に基づくエピソードの数々は、どこの国でも似たような風景があるのだろうなと思わせて共感を誘う。もっとも筆者は青春時代はあまり思い出したくない派だが、切なさや憧憬も含めて、このドラマには心躍る瞬間がぎゅっと詰まっている。

 一方で、本作が批評家の高い評価と本国の視聴者の熱狂的な支持を集めている理由の一つとして、北アイルランドの歴史を抜きにしては語れないだろう。あきれるほど能天気に見えるエリンたちの日常には、イギリスとアイルランドの領土問題、熾烈な地域紛争=北アイルランド問題が常に大きな影を落としている。もはやエリンたちは慣れっこになってしまっているところもあるが、紛争と暴力や銃の恐怖が、絶えず命や身の安全を脅かす可能性のある状況にあるのだ。

Netflixシリーズ「デリー・ガールズ ~アイルランド青春物語~」シーズン1~3独占配信中

 それはテレビのニュースを通して、あるいは学校への通学路から学校行事においても、強く意識させられる。近所で爆弾が見つかる冒頭からして、ぎょっとするほど物騒な描写は多い。しかし、だからこそ悲劇的な歴史を背負ったこの地に生まれ育ったエリンたちが、紛争地帯で楽観的な精神を大いに発揮し、ごく普通に青春を謳歌している姿が尊いものにも思えるのだ。

 直接的であれ間接的であれ、このドラマの背景にある歴史の一端は、筆者のように90年代にがしがしと映画館で映画を観ていた世代ならば、IRA(反英武装組織)を扱った映画などで触れた人も多いのではないだろうか。アイルランド出身のジム・シェリダン監督とダニエル・デイ=ルイス主演のコンビによる『父の祈りを』(1993年)や『ボクサー』(1997年)、同じくアイルランド出身のニール・ジョーダン監督、リーアム・ニーソン主演の『マイケル・コリンズ』(1996年)などの話題作を観ては、この紛争の過酷さ、残酷さに衝撃を受けたものだった。

 こうした背景を知らなかったとしても『デリー・ガールズ』は楽しめる。しかし、多少なりとも知識を得てから観ると、今の時代に本作が伝えるメッセージをより深く理解し、考えをめぐらせることができるだろう。ちなみに北アイルランド出身のニーソンは、『デリー・ガールズ』のシーズン3にゲスト出演している。その役どころが持つ意味にも考えさせられるものがある。

 とはいえ、何事にも深刻にならず、ゆるく前向きに困難な時代を生き抜くエリンたちのオプティミズムこそが肝要なのだ。そして、あくまでも本作が青春ドラマとしてシリーズをまっとうしている点が何よりも素晴らしい。

Netflixシリーズ「デリー・ガールズ ~アイルランド青春物語~」シーズン1~3独占配信中

 シリーズは1998年の和平協定、聖金曜日協定(ベルファスト合意)の民意を問う国民投票で幕を閉じる。エリンたちは18歳になり、投票権を持つ成人となる。エリンがモノローグで「大きくなりたくない自分がいる。私の一部はずっと同じでいたい」と胸の内を語るが、世界をよりよくするために投票という形で自分の意志を示す。エリンの少し落ち着いた感じのする笑顔はすがすがしくも、過ぎゆく青春時代への惜別の念に駆られて、じわりと熱いものが込み上げてくる。

 足掛け4年で全19話は、長いようで短くもある。俳優陣の年齢を考えても、ここらが潮時だろうと思いつつ、番組とのお別れは思った以上に切なくビタースウィートな余韻を残す。

予告編

今回ご紹介した作品

デリー・ガールズ ~アイルランド青春物語~

Netflixで独占配信中

情報は2022年10月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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