今祥枝さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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嘘にまみれた大人たち

2023/4/6配信

伊・発。 みずみずしくも残酷な青春の1ページ

Netflixシリーズ『嘘にまみれた大人たち』独占配信中

  「ナポリの物語」シリーズ4部作(2012年~2015年)などで知られる、イタリアの女性の匿名作家エレナ・フェッランテ。このところ世界的な名声を確立している彼女の小説の映像化が、TV・配信業界で続いている。最初の本が1992年に刊行されて以来、匿名性を貫き続けるフェッランテの作品群は、女性性についての繊細かつ鋭い洞察が、まさに今の時代にこそ映像化するのがふさわしい。近年の2つのドラマシリーズと1本の映画について改めて振り返ると、しみじみとそう思わされる。

 今回紹介するフェッランテの原作の最新ドラマ『嘘にまみれた大人たち』は、Netflixシリーズとして製作された全6話のリミテッドシリーズ。1990年代のイタリア・ナポリを舞台に、ティーンエイジャーのジョヴァンナの複雑な心理とその変化を詩的につづる。フェッランテが2019年に発表した小説を、『切り離せないふたり』『堕ちた希望』などの監督でナポリ出身のエドアルド・デ・アンジェリスが全話の演出ほかを手がけてドラマ化した。

 裕福な地域に住むジョヴァンナ(ジョルダーナ・マレンゴ)は、成績も下がり、多感な少女期を持て余していた。そんな最愛の娘の変化を感じ取る大学教授の父アンドレア(アレッサンドロ・プレツィオージ)が、妻ネッラ(ピーナ・トゥルコ)に彼の疎遠になっている妹(ジョヴァンナの叔母)のヴィットリア(ヴァレリア・ゴリノ)と愛娘を重ねて話しているのを耳にするジョヴァンナ。家族写真にすら写っておらず、家ではその名前を口に出すのもはばかられるヴィットリアに興味を抱き、父親に許可を取って会いに行く。

Netflixシリーズ『嘘にまみれた大人たち』独占配信中

 貧しくはあるが世間の常識にとらわれず、愛に生き、情熱が内からあふれ出るようなヴィットリアに、ジョヴァンナはすぐに魅了される。高級住宅街に住み、物質的には満たされたインテリ階級に属しているが、どこかに魂を置き忘れてきたような両親とは対照的な人物だったからだ。しかし、新しい世界に刺激を受け、多くのことを吸収していく中で、父アンドレアの人生は嘘だらけだと非難するヴィットリアの中にもまた偽善があることに、ジョヴァンナは気づいてしまう。

 ヴィットリアはジョヴァンナの両親の嘘を暴き、そのことから数珠繋ぎに複数の家庭が崩壊する。この辺の展開はドラマチックで、一体アンドレアとヴィットリアの兄妹の間には何があったのか、ジョヴァンナの家族をめぐる秘密とは何なのかと気を揉む。だが、本作の軸はそうした家族の“秘密と嘘”という仕掛けにあるのではない。大人の偽善を認識することで、子供時代に終わりを告げる一人の女性の、痛々しいほど共感を覚える普遍的な成長物語なのだ。

 自分の家族ではないどこかの誰かと、新しい家族を築くことを夢見るジョヴァンナ。両親、叔母、友人、そして男性たちとの関係を通して、つまずいたり、遠回りをしながらアイデンティティを模索する。しかし、彼女の空虚さや焦燥感、鬱屈した思いのすべてを満たしてくれる人間は、どこにもいないのである。

 絶望し、もがき、苦しみながらもジョヴァンナが自力でたどり着く人生の転換期に至るまでの旅路。それは多くの人々が遅かれ早かれたどる道であり、これまでにも山ほど描かれてきた題材だ。だが、フェッランテの視点(原作は翻訳されておらず筆者は未読)と映像の力によって、みずみずしくも残酷な青春の1ページが鮮やかに切り取られている。

 ナポリ出身者でしめられたメインキャストは等しく好演しているが、中でもジョヴァンナ役の、オーディションで抜擢された新星ジョルダーナ・マレンゴが素晴らしい。彼女の目の力強さに何度吸い込まれそうになったことか。マレンゴの際立つ存在感なくして、本作の成功はあり得なかっただろう。その彼女の個性にぴたりとマッチした、ナポリという街の光と影を鮮やかに浮かび上がらせるコントラストは、本作のもう一人の主役と言えるだろう。

Netflixシリーズ『嘘にまみれた大人たち』独占配信中

 優雅な高級住宅街と隣り合わせの貧しい地域、下町の荒っぽい言葉遣いや生活スタイル、カルチャー。美しい映像と音楽の使い方によって浮かび上がる、観光客には決して分かり得ないナポリの複雑な魅力は、そのままジョヴァンナの、あるいは女性として生きることの混沌と合わせ鏡のようでもある。

 終盤、ジョヴァンナは子供時代との決別という意味で、最後の通過儀礼としてセクシュアリティ、初体験に関してある選択をする。あくまでもこのドラマにおける帰結点で、私自身はその選択に胸が痛むとともに、ひどく共感する自分もいるのだが、ここは意見が分かれるところかもしれない。1990年代当時のティーンエイジャーにとって、それが現実的な選択だったのだろうか。今の時代から考えると、この問題はどうなのか? 何十年たっても、なかなかオープンには語られることのない問題を改めて突きつけられた気がして、心がざわっとするものがあった。

 冒頭で述べたように、近年の一連の映像化の発端となったのは、「ナポリの物語」シリーズをイタリア放送協会と質の高さでは絶対的な信頼感のあるアメリカのHBOが共同で企画した『L’amica geniale(英語タイトルはMy Brilliant Friend)』(2018年~)だ。これほどまでに多くの作品がタイムラグなく視聴できる時代に、日本にはなぜか未上陸の傑作シリーズとして一部の海外ドラマファンの間では知られているドラマである。リラとエレナ、二人の女性の少女期から老年期までを追う物語は、本作以上に女性性に対する非常に優れた鋭い洞察を見ることができると思う。原作は邦訳が出ているので、興味がある人はぜひそちらを当たってみて欲しい。

 もう一本のフェッランテ原作の映画化『ロスト・ドーター』は、Netflixで配信中だ。俳優として長く活躍してきたマギー・ギレンホールの監督作品。主演のオリヴィア・コールマンを含める数々の部門で、2022年のアカデミー賞の候補にもなった。母性、母親業という不可侵とされてきた領域に一歩踏み込んだ内容で、こちらも女性が長らく声をあげることができなかったジェンダーロールに対する多様なあり方、視点を与えてくれる現代的な視点が際立つ。ちなみに、本作は2017年にドイツで刊行され、2022年に日本で邦訳が出て話題になった書籍『母親になって後悔している』(著者:オルナ・ドーナト、翻訳:鹿田昌美)にも通じるテーマだと思う。現代の女性をめぐるイシューに対する考えを深めるという意味でも参考にしてみてはいかがだろうか。

予告編

今回ご紹介した作品

嘘にまみれた大人たち

Netflixで独占配信中

情報は2023年4月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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