今祥枝さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ラフ・ダイヤモンド

2023/6/27配信

正統派ユダヤ名家の葛藤を描く、ベルギー発・犯罪ヒューマンドラマ

Netflixシリーズ「ラフ・ダイヤモンド」独占配信中

 言うまでもなく、動画配信サービスの普及による利点の一つとして、非英語圏の作品が気軽に視聴できるようになったことが挙げられる。違う国の言語、文化を知るという意味でも、知的好奇心を刺激されたり、旅情をそそられるという意味でも、単純に楽しめる要素は多い。

 これまで観たことのない国の作品を観ながら思うのは、ファンとしても仕事としても、とりわけ海外TV作品はハリウッドを中心に向き合ってきた私にとって、当たり前のことではあるのだが自分が知らなかっただけで、どの国のTV業界もレベルの高いクリエイターがいるということである。

 例えば、ほとんど日本に入ってこなかったような国のドラマで、「お!」と目を引くようなドラマに配信で出会ったとする。近頃は、そうした才能はすぐにハリウッドに引っ張られるので、あっという間に国際的に活躍するクリエイターになれる時代であることも痛感する。もちろん、昔からハリウッドは各国の才能が集まる場所ではあるのだが、発掘される可能性もスピードも今の時代は加速度的である。

 最近で題材に引かれてみたNetflixのベルギードラマ『ラフ・ダイヤモンド』は、フラマン語、イディッシュ語、フランス語、英語が混在するクライム・ドラマ。Netflixで配信中のイスラエルの大ヒットドラマ『ファウダ-復讐の連鎖-』やアメリカでリメイクされた『ホステージ』のオリジナルのイスラエルドラマの生みの親であるロテム・シャミールが手がけた。シャミールはイスラエル出身のヒットメイカーで、今回はベルギー・アントワープの超正統派ユダヤ人の一家を軸とするドラマで、しっかりと自分の味を出しつつ、ノワール調で描く犯罪と家族の確執を描くダークなドラマは見応えがある。

 物語の背景となるのは、500年以上の歴史を持つアントワープのダイヤモンド産業の複雑な事情と、密接な関係を持つ超正統派ユダヤ人コミュニティの閉鎖的で特殊な社会だ。アントワープのダウンタウンにあるダイヤモンド取引所にオフィスを構える老舗ウルフソン・ダイヤモンドのオフィスで、ヤンキ・ウルフソンが拳銃で自殺するところからドラマは始まる。

 15年前にコミュニティを離脱し、海外で暮らしていたヤンキの兄ノア(ケヴィン・ヤンセンス)は、息子トミーを連れてブリュッセルの空港にいたところ、訃報を聞き、久々に家族と再会する。ヤンキはギャンブル依存症で、多額の借金を抱えていた。死の真相を探るノアと久々に再会したかつての恋人で未亡人ヒラ(マリエ・ヴィンク)、妹アディーナ(イニ・マッセ)、弟イーライ(ロビー・クレイレン)の家族の複雑な人間模様。一方で、危機に瀕する家業のダイヤモンド取引をめぐる駆け引きと、アルバニア人組織の麻薬ビジネスやマネーロンダリングが複雑に絡み合う。

Netflixシリーズ「ラフ・ダイヤモンド」独占配信中

 まず、犯罪ドラマとして安定の面白さがある。歴史あるダイヤモンド街が、今は新たな勢力の台頭によって、いかに超正統派ユダヤ人コミュニティ=古い世代の顔たちが苦境に追いやられているのか。その中で生き残っていくためには、どんな方法があるのか。ウルフソン家はそれでなくとも弱体化しているところに、ヤンキの件で一家はさらなる痛手を追うので、一つのミスが命取りになる。

 そこに登場するのがノアだ。彼がなぜ家族を捨てて去ったのかはわからないし、ロンドンでどのような暮らしをしていたのかも明確には語られない。しかし、彼の亡き妻の母との電話でのやりとりでドラッグを扱っていることがわかり、ノアがヤンキの死に関わっているらしいアルバニア人の男を暴力的に追い詰める様子からは、カタギではないなと思わされる。ノアは今回の一件だけはウルフソン家の立て直しに手を貸すことにするが、義母とのヤバい商売を巻き込み、警察からの追及の手も迫り来る。

 最後までスリリングな犯罪ドラマではあるが、やはり根底にあるテーマは家族と宗教だろう。本作の大きな見どころとなっている超正統派ユダヤ人コミュニティの閉鎖的かつ独特の戒律や考え方、そして何よりも家名を重んじるあり方に、ノアは相容れないものを感じ、かつて家族と信仰から去った。

Netflixシリーズ「ラフ・ダイヤモンド」独占配信中

 しかし、飛び出した先でもヤバい仕事に手を染めているということは、彼を迎えた外の世界もまた厳しいものだったのかもしれないと想像させる。外の世界で新しい家族ができたが、ノアはそのしがらみに強く縛られている。一方、全てを捨て去ってしまうほどに絶望したコミュニティと再び関わる中で、ノアは自分の中には、確かにウルフソン家の血が流れていることを再認識する。あれほど嫌っていた古い因習を継承する家族と、ロンドンで手に入れた新しい家族。ノアが行う選択や決断の数々には、常に苦さがつきまとう。ハードボイルド調の映像世界の中に、くっきりと浮かび上がるのは切っても切れない“家族”という名のしがらみだ。

 劇中、彼らを追う女性刑事の老いた父親が、自らの住む老朽化した家を去る決意をした際に、こんなセリフを言う。

「長年何かにしがみつくと、手の中で崩れ落ちる」

 執念の捜査を展開する女性刑事にとってはキャリアだろう。しかし、この意味するところは本作のあらゆることに通じるように思える。時代に取り残された感のあるダイヤモンド街の現状、超正統派ユダヤ人コミュニティのあり方、そして家名を重んじる家族たち。ダイヤモンドの輝きと価値は永遠なのかもしれないが、あらゆる価値観が過渡期にある時代にあって、変わらないもの、守るべき伝統とは何かということを考えずにはいられない。

今回ご紹介した作品

ラフ・ダイヤモンド

Netflixで独占配信中

情報は2023年6月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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