今祥枝さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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もうたくさん

2024/8/5公開

学内における性的暴力の闇を告発した少女の葛藤を描く

*本記事では深刻な性的暴行、自殺、暴力を扱っています。また本文中で言及している作品を鑑賞する際は、その旨をよく考慮して判断していただければと思います。

Netflixシリーズ「もうたくさん」独占配信中

 2017年にハリウッドから世界へと広がった#MeToo運動から約7年。性的暴力をめぐる議論は、以前に比べれば深まっている。中でも「性的同意」をめぐる問題は、パートナー、夫婦間のセックスから、仮に同意があったとしても状況や社会的・性別の優位性などによって、どちらかが「強いられた」と感じる場合など多角的な視点から活発な議論がなされている。

 一方で、スペイン製作の女子高生たちの性被害をめぐるドラマ『もうたくさん』(2024年/Netflixで配信中)のような作品に出会うと、いまだに女性たちはこのような現実に苦しめられているのかとため息が出てしまう。10代の少女たちが生きる日常が、どれほど女性に対する性的暴力で蔓延しているかを切実に描いた作品だ。世界中で起きている実際の事件を想起させるエピソードの数々は、まさに「これ以上、もうたくさんだ!」と叫びたくなる女性たちの思いを代弁しているかのようでもある。

 物語は、17歳のアルマ(ニコール・ウォレス)が学校の正門に、「気をつけて! 強姦魔が中にいる!」と書かれた横断幕を掲げるシーンから始まる。スペイン出身のジャーナリストで脚本家、作家で映像作品も手がけるミゲル・サエス・ラカルがクリエイターとして、イサ・サンチェスとともに作り上げた脚本は、一体彼女に何があったのかと引き込まれずにはいられない。ドラマは10代の少女たちを取り巻く現代の社会問題を多く盛り込みながら、時間をさかのぼって事件の顛末を明かしていく。

Netflixシリーズ「もうたくさん」独占配信中

 アルマが主演格だが、ドラマは群像劇のスタイルを取っている。両親と折り合いの悪いアルマとその親友たち、裕福な家の娘でボーイフレンドとの関係に悩む通称ナタ(アイチャ・ビジャベルデ)、レズビアンで家庭の経済状況が悪いグレタ(クララ・ガレ)、精神疾患を抱えるベルタ(テレサ・デ・メラ)の過去と現在を行き来しながら、それぞれに心に深い傷を負う性に関する問題が描かれる。同種の題材を扱った大ヒットドラマ『13の理由』(2017〜2020年/Netflixで配信中)にかなり影響を受けていると考えられる作風だが、時代の急速な変化と深まる性的同意における議論を反映した、より踏み込んだ内容となっている。

 特に私が優れていると感じたのは、ナタと同じ学校のボーイフレンドとの関係だ。人前ではばかることなくキスをしたり抱き合ったりしながら、自分がいかにセクシャルな魅力がある女性かを誇示しているかのようなナタ。しかし、彼女は自分が優位であると考えていた二人の恋愛関係が、実際にはセックスのために利用されているだけではないかと、たびたび感じる出来事を体験する。ナタは当然、同意のもとに彼とセックスをしているわけだが、その「同意」は「彼に何をされても構わない」ということを意味していない。疑問を覚えながらも危険な状況に陥ってしまうナタ。同級生の女子たちに対しての優越感からか、あるいは彼に迫られて後戻りできない心情に陥ってしまうからなのか。このような「性的同意」をめぐる問題に関しては、秀作ドラマ『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』(2020年/U-NEXTで配信中)に通じるものがあるので、こちらもぜひ参照してほしい。

Netflixシリーズ「もうたくさん」独占配信中

 一方、軸となるアルマのパートは、夜中に家を抜け出し、友達とパーティーに参加するために一人、雨降る寒い夜にバス停で待つ姿を見るだけで心が落ち着かない。近づいてきて「送ってやる」と声をかける地元のワルたち、パーティーで酒を飲むアルマを品定めする歳上の男たち。どこを取っても危険しかないという感じで、なぜそんなパーティーに行くのかと思う人は少なくないだろう。しかし、セックスに興味を持ち、社交的で好奇心の強い少女たちが危険な目に遭うことについて、それを全て彼女たちの「軽率な行動の結果」だと断ずることは間違いである。アルコールやドラッグ、タバコがこれほどティーンエイジャーの身近なものである社会にも大いに疑問を感じるが、いずれにせよ加害者が悪いことは明らかだからだ。しかし、なぜかこの当たり前の認識が、いまだに認められにくいことは周知の事実だろう。この状況で性的暴力があった場合、加害者側の少年ではなく、被害者側の少女に責任があると非難される図式は、昔も今も、さほど変わっていないことをアルマたちの物語は切実に伝えている。

Netflixシリーズ「もうたくさん」独占配信中

 ところで、アルマが劇中で偽名のSNSのアカウントを作って、ある人物の性的暴力を訴える情報を発信するというくだりがある。本作はオリジナルストーリーだが、その偽名はデイジー・コールマンさんとシャネル・ミラーさんという実在の女性2人にヒントを得たもので、彼女たちは実際に性的暴行を受けた被害者としてよく知られている。

 シャネル・ミラーさんは2015年、名門スタンフォード大学の構内の宿舎で開かれたパーティーに参加し、当時20歳だった水泳部のスター選手ブロック・ターナー元受刑者に意識がないまま性的暴行を受け、ゴミ置き場に放置されていた。事件とともに加害者の量刑の軽さも議論を呼び、2019年にミラーさんは回顧録を出版し、当時は匿名で被害証言をしたが実名と素顔を明かしてメディアに改めて被害の件を訴えた。

 もう一人のデイジー・コールマンさんは、2012年の14歳の時に参加したホームパーティで19歳のマシュー・バーネットにアルコールを強要され、レイプされ、その様子を他の少年たちに撮影された上に寒空の下に放置された。バーネットは共和党元議員の孫でアメフト部の選手だったことも関係しているのだろうが、警察も検察も最初から夜中に家を抜け出し、酒を飲んでいたコールマンさんに責任があるという態度は揺るがなかった。このレイプ事件のアフターマス、セカンドレイプほか壮絶な闘いの記録はドキュメンタリー映画『オードリーとデイジー』(2016年/Netflixで配信中)に詳しいので、ぜひこちらも観て欲しい。

『もうたくさん』(英語のタイトルは『Raising Voices』)を観れば、ミラーさんやコールマンさんのように勇気を持って性被害者として声をあげたにも関わらず、誹謗中傷に苦しめられた女性たちのことを踏まえて作られたことがよくわかるだろう。アルマが声をあげた冒頭のシーンが、どのような結末を迎えるのか。そこには作り手たちの、どんな思いが込められているのか? 先に述べたコールマンさんは、前向きにアクティビストとして生きていたものの2020年に命を絶った。性犯罪が被害者に与える傷の深刻さ、犯した罪の重さに、このドラマを通して、一人でも多くの人が向き合うきっかけになればと強く思う。

Netflixシリーズ「もうたくさん」独占配信中

今回ご紹介した作品

Netflixシリーズ『もうたくさん』

配信
Netflixで独占配信中

情報は2024年8月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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