地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
ディスクレーマー 夏の沈黙
2024/11/5公開
アカデミー監督と豪華キャストで期待の心理スリラー
画像提供 Apple TV+
『ゼロ・グラビティ』と『ROMA/ローマ』で2度のアカデミー賞監督賞を受賞。母国メキシコで制作したスペイン語作品『天国の口、終りの楽園。』から『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』まで、基本的に脚本と編集を兼ねるメキシコ出身のアルフォンソ・キュアロン監督の輝かしい経歴を考えれば、AppleTV+の新作ドラマ『ディスクレーマー 夏の沈黙』に期待せずにはいられないだろう。
2015年に出版されたルネ・ナイトの同名小説を、全7話をキュアロンが脚本と監督を務めた心理スリラー。主演はケイト・ブランシェット。彼女を追い詰めていく重要な役にケヴィン・クラインとオスカー俳優たちが遺憾なく発揮。撮影監督には『ゼロ・グラビティ』や『レヴェナント:蘇りし者』のオスカー受賞者エマニュエル・ルベツキ、『アメリ』などで知られるフランスのブリュノ・デルボネルが名も連ねる。さらに音楽はビリー・アイリッシュの兄でグラミー賞受賞歴のあるフィニアス・オコネル。錚々たる顔ぶれだ。
主人公は、現代社会の問題に鋭く斬り込み、真実を明らかにする著名なジャーナリスト兼ドキュメンタリー作家のキャサリン・レイヴンズクロフト(ケイト・ブランシェット)。夫ロバート(サシャ・バロン・コーエン)との間には、無目的に生きる麻薬中毒の息子ニコラス(コディ・スミット=マクフィー)がいる。はたからみれば恵まれた人生だろう。
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しかし、キャサリンはある日、『The Perfect Stranger』という題名の自費出版の本が玄関に置いてあるのを見つけて、恐怖の表情を浮かべながら夫に自分に関する物語だと告げる。送り主は、キャサリンに強い恨みを持つ元教師スティーヴン・ブリッグストック(ケヴィン・クライン)。彼は妻ナンシー(レスリー・マンヴィル)の遺品の中に、この本の原稿と20年前にイタリア旅行中に亡くなった息子ジョナサンが撮った写真を見つけた。その中には、若き日のキャサリンのセクシュアルな写真もあった。
キャサリンは20年前、イタリア旅行中に幼いニコラスと2人で過ごしていた時に、ジョナサンが関わる何が重大な出来事があったらしい。スティーヴンはジョナサンの死の責任と愛する妻を苦しめ続けたキャサリンに復讐を誓い、着実に彼女と家族を追い詰めていく。
ブランシェットとクラインの名演は、それだけで観る価値がある。海や水のイメージを多用してきたキュアロンのビジュアルイメージは、イタリアの風光明媚な海辺を背景にした回想シーンで一際輝きと神秘を増す。メロドラマ風の若き日のキャサリンの‟過ち”を本の内容に沿って振り返りながら、現代の人間模様が交錯する。破滅を予感させる緊迫感に満ちた作りで、次のエピソードが始まる前に視聴を止めるのは難しいだろう。
一方で、物語が進むにつれていくつかの疑問が浮上する。そして全てが明らかになったとき、少なくとも私は想定されたカタルシスを得ることができなかった。問題は語り(Narrative)と形式(Form)を巧みに利用した原作の映像への翻案が、うまく機能しているのか否かだ。
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このドラマには複数の「語り手」とその視点が存在する。失意のまま他界したナタリーがジョナサンの死の顛末とキャサリンの関係を書いた本、頑なに真実を隠そうとしているキャサリン、そしてキャサリンを「あなた」と呼ぶ二人称のナレーション(インディラ・アルマ)だ。特にキュアロンはナレーション形式にこだわったというが、正直なところかなり饒舌で煩わしい。
また、過去と現在を行き来するナラティブにおける過去の描写とは、「本」に描かれたもの=事実なのか、唯一真実を知るキャサリン自身のものなのか、彼女自身のものであるならば、それは彼女が「見せたい事実」なのか真実なのか。いわゆる「信頼できない語り手」は誰なのかという仕掛けで、絶妙な匙加減が必要なのだがどうだろうか。
本作の最も魅力的な瞬間でもあるのだが、キュアロンはブランシェットの鋭く意味ありげな目のクローズアップを用いることで、「本」の内容と視聴者の疑念を補強する。ぞっとするほどの冷徹さを感じさせる彼女の視線は、キャサリンはジョナサンを保身のために見捨てた、身勝手で非情な女性であることを示しているように見えるからだ。これは『ブルージャスミン』などで何度もブランシェットが演じてきた十八番のキャラクターにも通じるので驚きはないが、全話を通して強く印象に残る。しかし、この見事なブランシェットの複雑で力強いパフォーマンスを、本作は生かしきれているのだろうか。
画像提供 Apple TV+
『ディスクレーマー 夏の沈黙』の目指したところは、ナタリーとスティーヴンが抱くキャサリン像と、夫ロバートと息子ニコラス、そしてキャサリンの同僚たちのキャサリンに抱く疑念が、何によって引き起こされるのかであり、そこにはフェミニズムをめぐる批評が必然的に伴う。その意味においてキュアロンが、題材とTVシリーズというフォーマットにアジャストできていたかというと、釈然としないものが残る。
もちろん、本作はとりわけ映画ファンにとって興味深い作品だ。『ゼロ・グラビティ』にせよ『ROMA/ローマ』にせよ、極めてパーソナルな物語とスペクタクルを組み合わせたキュアロンの作風は、本作には適応されていない。メロドラマ的な心理スリラー、TVというフォーマット、女性の主人公とフェミニズムをめぐる批評、原作が持つナラティブと形式の映像への翻案の試みは、新たな挑戦と言えるが、いずれも消化不良気味に感じられる。もっとも、それはキュアロンだからこその期待値の裏返しであるだろう。私はキュアロンとこの布陣で「それなりに面白かった」というレベルの作品に、あえて満足したくはないのだ。
ところで、実はこのドラマを紐解くヒントは冒頭にある。キャサリンにテレビ・ジャーナリズム賞を授与する華やかな会場で、壇上のジャーナリストのクリスティアン・アマンプール(本人)がおくる言葉が端的に示している。
「語り(Narrative)と形式(Form)に気をつけて。その力は真実に近づかせる一方で、人を操る強力な武器にもなり得ます。本日の受賞者は語りと形式で真実を曇らせることなく、現代の複雑な問題を描写。視聴者に現実をストレートに突きつけました。でも気をつけてください。(中略)(キャサリンは)私たちが操られるのは、自身の信念と判断ゆえと警告しています。そして、より深刻な問題を提起している。私たちも現代社会の罪に加担しているということです」
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ここでわが身を振り返ってみよう。視聴者は、このドラマの語りにおける何を信じて、どう判断し、キャサリンをどういう女性だと定義しただろうか? 私たちはどんな情報に操られただろうか? 少なくとも本作は、人は誰しも無意識のうちに現代社会の罪に加担している事実を伝えることには成功しているのかもしれない。
今回ご紹介した作品
Apple TV+「ディスクレーマー 夏の沈黙」
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情報は2024年11月時点のものです。