今祥枝さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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モスクワの伯爵

2024/12/16公開

ロシア革命で30年以上軟禁された伯爵の人生

©2024 Viacom International Inc and Entertainment One Television Productions UK Limited All Rights Reserved

『モスクワの伯爵』は、全米で140万部を突破し、30以上の言語で出版されているベストセラー小説のドラマ化。32年間もホテルに軟禁状態で人生の大半を過ごしたアレクサンダー・ロストフ伯爵を、ユアン・マクレガーが演じている。

 1917年にロシア革命が起こり、多くの貴族は死刑やシベリア送りなどを逃れるために国外に亡命した。ロストフ伯爵もその一人。だが、祖母の逃亡を援助するために亡命先のパリから危険を冒して帰国し、そのままモスクワに残っていたところ1922年に逮捕されてしまう。彼がかつて書いた詩の内容が功を奏して死刑は免れたものの、ロストフがスイートで暮らしていたモスクワの一流ホテル、メトロポールに軟禁されることに。持ち物のほとんど全てを国家に剥奪され、屋根裏部屋で寝起きすることを強いられる。

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 ホテル内は自由に動き回ることができるが、もしそのホテルから一歩でも足を踏み出したら銃殺されてしまう。囚われの身となったロストフは、この状態で何十年も生き続けることになる。誰が考えても残酷で悲惨な人生だ。しかし、ドラマで描かれるロストフの人生は驚くほどの豊かさに満ちているのだ。

 貴族としてのプライドは傷つけられたが、ロストフはそれまでのルーティンを守り、紳士として振る舞い続ける。すぐにホテルの客の少女ニーナと仲良くなり、時折訪れるかつての友人や知人との再会に新たな出会い、また自己主張の強い映画スターのアンナ(マクレガーの実生活のパートナーで俳優のメアリー・エリザベス・ウィンステッドが演じる)とのロマンスや友情、さらには家族を持つという希望も見出す。

 同時に、ロストフは時代の変化の中で貴族という特権階級であった自らの境遇を顧みる。これまでは客として接してきたホテルのスタッフらと心を通わせていき、ホテルの従業員らが一つの大きな家族であるかのような絆を築いていく過程は若干綺麗事に思える部分もあるが、素直にあたたかい気持ちにさせられる。

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 本作が最も興味深いのは、ロストフは貴族が時代にそぐわないという現実を受け入れながら、その境遇に生まれ、その文化の中で育ち、今ある自分を形成してきたすべてのものに抱いている愛着を忘れない点にあるだろう。この相反する価値観を自分の中で折り合いをつけるのは難しいはずだが、生来のオープンな精神や人好きのするロストフは伝統や文化を大事にしながら新しい時代の価値観を受け入れ、どんな人とも対等に向き合うことによって成長し、人生を実りのあるものとしていく。その生き様に心を動かさずにはいられない。

 もしCOVID-19のパンデミック以前だったら、この物語がそこまで心に響いただろうかとも思う。自分の力ではどうにもならない未曾有のコロナ禍で、いつ終わるのか先が見えない中でのステイ・ホームを経験したからこそ、本作で描かれる「人は自らの境遇の奴隷になってはならない」というロストフの信念が身に染みたのではないだろうか。もとより、そのエッセンスはたとえホテルに軟禁されていなくとも、ままならない人生に向き合う術、よりどころとなり得るだろう。

 そう難しく考えずとも、本作は純粋に映像作品としての楽しさは多い。豪華なホテルの内部や美食家であるロストフの食事と、その蘊蓄。自らもソムリエとして接客にあたり、ボリシェヴィキによる厳しい監視対象でありながらもひょうひょうとした軽やかさを、マクレガーが絶妙に体現。何よりもマクレガーのトレードマークとも言うべき、人懐っこいチャーミングな笑顔は、いい意味での楽観主義を伝えて、今の時代に生きる私たちにある種の癒しを与えてくれるかのよう。

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 さる11月にアワードシーズンのプロモーションのために開催されたオンラインの記者会見で各国の記者の質問に応じたマクレガーは、実人生をどう役に反映したのかについて次のように語っていた。

 ロストフの口髭はマクレガーの祖父の特徴的な細い口ひげを取り入れたこと、時計職人であった祖父の鮮明な記憶を持っており、その美学に個人的なつながりを感じていたこと。また、幼少期に多くの古い映画を見て育ち、それが自身の演技スタイルやカウントのようなキャラクターの理解に影響を与え、例として今回はピーター・セラーズのユーモアやウィット、気取りのなさからもインスピレーションを受けたと語った。さらに4人の娘の父親であるマクレガーは、若い世代と向き合うロストフの「時代遅れ」なところ、また自身の過去についてしばしば後悔の念をともに語る傾向に共感したという。

 現実を役柄に反映させながら作り上げたロストフのキャラクターは、マクレガーの持ち味が遺憾なく発揮されており出色の出来。優雅で洒脱な紳士的文化と美しい映像世界と相まって、今の時代にこそ大切なテーマを伝えるとともにひとときのはかない夢を見せてくれる。

今回ご紹介した作品

モスクワの伯爵

配信
WOWOWオンデマンドにて配信中

情報は2024年12月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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