今祥枝さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ジャッカルの日

2025/2/17公開

スパイ・スリラーの不朽の名作が現代に蘇る

©Carnival Film & Television Limited 2024.

 英国の作家フレデリック・フォーサイスの世界的に有名なスパイ・スリラー小説『ジャッカルの日』。これまでに何度か映像化されており、1973年に公開されたエドワード・フォックス主演の同名映画もよく知られている。

 ジャンル作品の代名詞として人気を誇る不朽のIP(知的財産)が、エディ・レッドメイン主演でドラマシリーズとして現代に蘇ったのが2月22日からWOWOWで放送・配信される『ジャッカルの日』だ。実は私も原作&73年版映画が大好きなのだが、だからこそ、1960年代のフランスを舞台に大統領暗殺を企てる殺し屋ジャッカル(コードネーム)の物語を、現代にどうアップデートするのかについては気がかりな部分もあった。

 しかし、それらは全くの杞憂だった。現代に舞台を移してヨーロッパ各地を飛び回り、巨額の報奨金で要人の暗殺を請け負うジャッカルはスマートで洗練されており、文句なしにかっこいい! 超人的に優れた銃の腕前を持ち、人の命を奪うことに容赦ない冷徹さを発揮する一方で、正体を偽りながらも心から大事に思う妻子の存在が、ジャッカルに人間味を与えている。

©Carnival Film & Television Limited 2024.

 一方で、冒頭から最後まで、壮絶な銃撃戦やカーチェイスから息詰まるような心理的駆け引きまで、スパイ・アクションとしての面白さはハリウッド映画並みに派手で華やか。

 この面白さは、『007』シリーズを彷彿させる。タイトルバックからハンガリー、オーストリア、ロンドン、スペイン、クロアチアと、ヨーロッパ各地のロケーションの数々、さらに大胆な変装やアクション満載の作りと不可能に思えるミッションに挑むスリルは『ミッション:インポッシブル』シリーズを思わせる。エンディングほかで挿入されるレディオヘッドやザ・フー、ブラーからデヴィッド・ボウイまで、誰もが聞いたことのあるおなじみのヒット曲のセレクトも粋で、しばしばにやりとさせられる。

 一方で、ドラマに深みを与えているのが、新たな時代の暗殺のターゲットが、あらゆる資金の流れを透明化する “リバー”というソフトウェアをリリースしようとているIT起業家UDCことウレ・ダグ・チャールズであるという国際情勢を踏まえた設定だろう。UDCがやろうとしていることは、自らを含む超富裕層にとって非常に都合の悪いことであり、UDCは社会の不平等を是正しようとしているのだ。ある種の革命家としてのUDCは、特に若者を中心に支持されている。

©Carnival Film & Television Limited 2024.

 しかし、ジャッカルにとっては誰がターゲットかは関係ないのだ。いくら稼げるのかが問題なのだ。ジャッカルが、今の稼業に就いた理由も追々語られるのだが、そこには単純に善悪や白黒では語れない矛盾と葛藤、そして絶望がある。唯一の救いは妻ヌリア(ウルスラ・コルベロ)と幼い息子の存在だが、夫のことを疑い始めている妻との関係も雲行きは怪しい。

 そんな中、ジャッカルを追う英国秘密情報部のビアンカ(ラシャーナ・リンチ)の執念の捜査が見応えがある。面白いのは、やっていることは正反対のジャッカルとビアンカが、合わせ鏡のように呼応するキャラクターとして描かれていることだ。「毒を持って毒を制す」という諺もあるが、ジャッカルとビアンカはどこか共鳴する部分がある。決して抗いきれない権力や国家へ不信感を抱くジャッカルに対して、ビアンカもまた大きな組織の歯車の一つとして忸怩(じくじ)たる思いを抱えている。この二人の攻防戦が、本作の醍醐味だろう。

『博士と彼女のセオリー』でアカデミー賞に輝く英国の演技派俳優、レッドメインが素晴らしいのは言わずもがな。二度は同じ変装はしないというジャッカルのポリシー通り、劇中では彼の七変化を楽しむことができる。また、しっかりと体を鍛え上げてこの役に臨んだレッドメインの、これまでにはなかなか見ることのできなかった新たな一面も、本作では披露している。何よりも、レッドメインが生き生きと楽しんで、このある種荒唐無稽な役柄をアンチヒーローとして演じていることが伝わってくるのが好ましい。

©Carnival Film & Television Limited 2024.

 昨年10月に開催されたグローバルの記者会見での質疑応答では、上機嫌で怒涛のようにしゃべり続けたレッドメイン。子供の頃からエドワード・フォックスの映画を見て育ち、1973年の映画『ジャッカルの日』は父親のお気に入りの映画の一つだったそう。「偉大な原作と映画に対してジャッカルを演じることに恐れを抱いた」けれど、脚本を読み、現代を舞台にした新鮮さと原作にあるアナログ的な良さは生かされている点に心惹かれたと語った。また、各国で披露するドイツ語やスペイン語のセリフをめぐる苦労や撮影時のエピソードなどが次々と口をついて出る様子は、本当に楽しそうで撮影が充実していたことを物語っていた。

 1月5日(現地時間)で開催された第82回ゴールデングローブ賞では、TVの部のドラマシリーズ部門で作品賞と主演男優賞の主要2部門にノミネート。次のプライムタイム・エミー賞をはじめとする賞レースで、『ジャッカルの日』が存在感を見せることは間違いないだろう。

©Carnival Film & Television Limited 2024.

今回ご紹介した作品

ジャッカルの日

放送
WOWOWにて2/22(土)11時~放送開始
配信
WOWOWオンデマンドにて2/21(金)24時~ 1~3話先行配信

情報は2025年2月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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