今祥枝さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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アドレセンス

2025/5/16公開

社会を動かすほどの議論を呼んだ衝撃のドラマ

Netflixシリーズ「アドレセンス」独占配信中

*以下の文にはネタバレに相当する記述が含まれます。

 イングランド北部の町で、13歳の少年ジェイミーが同級生のケイティを殺害した容疑で逮捕される。自宅で就寝中に刑事たちがやってきて、銃を構えながら怯え切った、年齢の割には華奢に見える少年を車に乗せて警察署へと連行する。衝撃的なシーンから幕を開ける『アドレセンス』は、しかし冒頭のインパクトをはるかに超える、ある意味で前代未聞の野心作であり、社会派ドラマの秀作だ。

 3月に全4話がNetflixで配信開始となった直後から全世界で話題沸騰中の本作。批評家の評価は抜群に高く、エミー賞を筆頭とする今期の賞レースを席巻する台風の目となることは間違いない。私もスクリーナーで事前視聴した時点で、これは今年のベスト級! と久々に興奮しながら一気に鑑賞した作品だ。だが、何よりも素晴らしいのは、それなりに見る側に負荷がかかる重いテーマを扱った作品ながら、各国の視聴回数ランキングで上位にランキングするなど視聴者の人気も凄まじく、社会を動かすほどの議論を呼んでいることだろう。何がそこまで人々の興味を引き、問題意識を喚起するのか。

 物語はシンプルだ。第1話は少年が連行された警察署で聴取などが行われ、第2話は担当刑事が少年が通っていた学校に出向いて聞き取りなどを行う。第3話は心理療法カウンセラーの女性が少年と対話をし、第4話は少年の家族の日常が映し出される。既に多くの多くのレビューで指摘されているが、本作は1話約60分程度のドラマをワンカットで撮影している。95分をワンカットで撮影した映画『ボイリング・ポイント』のフィリップ・バランティーニ監督と主演俳優スティーヴン・グレアムのコンビが手がけていると聞けば、納得できるかもしれないが、ドラマシリーズでこれほど高度な技術を用いた大胆な挑戦がなされた作品は、そうはないだろう。唯一頭に浮かぶのは、ハンディカメラを用いたドキュメンタリー風の刑事ドラマ『サウスランド』(2009~2013年)で、『アドレセンス』に近い野心、意図があったと思う。

Netflixシリーズ「アドレセンス」独占配信中

 しかし、この高度な技術が生み出す映像の凄さは、ドラマを観ていると、その事実をしばしば忘れてしまう。なぜなら、圧倒的な物語と映像世界への没入感があるから。ワンカット撮影が登場人物たち、特にジェイミーの複雑で微細な心情や表情の変化をリアルタイムで捉え、そこから生まれる緊張感と臨場感が半端ではないのだ。ワンカット撮影はそのこと単体で素晴らしいのではなく、あくまでもこの物語を語る上で極めて有効な手段として機能している点に、クリエイターのスティーヴン・グレアム(本作では父親役を好演)とジャック・ソーンの際立つビジョン、真価があると言えるだろう。

 俳優の力量を必要とする1話ワンカット撮影は視聴者を引き込む手法としても優れているが、そこから各国で議論を生むに至った理由は、グレアムとソーンによる脚本にほかならない。ドラマはジェイミーの深層心理と彼を取り巻く社会=学校、そして家庭環境(主に父親にフォーカス)を浮き彫りにする。視聴者の興味は、一体何がジェイミーに好意を寄せていたという被害者の少女に対する暴力行為に向かわせたのかという原因にあるわけだが、しかし本作はその答えを与えてくれない。あくまでも考え得る要因が提示されるだけだ。

 父親のエディは、ジェイミーに男らしいスポーツをさせようとしたが、ジェイミーはその期待には応えられなかった。またエディが短気であること、体罰受けて幼少時代を送ったことなども描かれるが、だからと言ってエディは女性に手をあげるような人間ではない。母親も姉も、何があってもジェイミーの味方であり続けようとする愛情深い人間に見える。もちろんジェイミーの家族は完璧ではないが、そもそも論として“完璧な家族像”といったものは幻想だろう。

Netflixシリーズ「アドレセンス」独占配信中

 学校はどうだったのか。担当刑事は同じ学校に通う息子から、ジェイミーと被害者ケイティのSNSのやりとりをめぐって問題があったことを聞かされる。しかし、絵文字に込められた意味などを早口で訴える息子の話が、刑事にはピンとこない。SNSと無縁だった父親世代と、その子供たちの世代とでは、今のSNSを中心とする子供たちのコミュニケーションのあり方や関係性は、理解できないというのが本音だろう。これはドラマを観ながら、私も感じたことではある。

 俗に言う“非モテ”を意味するインセルというレッテルを貼られていたジェイミーは、SNSを介してネット上のさまざまなコンテンツや思想などにもアクセスしていた。そのこと自体は他の子供たちも大人も似たような体験をしているのだと思うが、思春期の子供が受け取るのと成人した大人が受け取るのとでは、同じ情報でも意味や重さが違ってくることは容易に想像ができるだろう。

 ドラマで徐々にジェイミーの口からもれてくる本音や感情を吐露する言葉から、かなり明確にマノスフィア的な思想を読み取ることができる。マノスフィアとは、一般的には男性がより“男らしく”なる方法や異性との関係構築に関するアドバイスを提供するオンラインコミュニティの総称で、往々にして男性の孤独や社会的挫折の原因がフェミニズムにあるとするなど女性蔑視的な見解が見られるとされている。まだ13歳の少年が、このような考えに基づき行動しているのかと驚きを禁じ得ないが、ジェイミーの女性に対する支配的で蔑視的な言動が垣間見える瞬間が確かにあるのだ。そして、そうした考えを持つに至ったのはネット上の情報によるものだと考えられる。

Netflixシリーズ「アドレセンス」独占配信中

 本作は、実際にイギリスで起きた複数の少年犯罪にインスパイアされている。その事実を踏まえた上で、どうやったらこうした事件が防げたのかと考えるとき、それがどれだけ困難であるか、問題の複雑さをフィクションとして突きつけられるからこそ、人々は議論を交わすのだろう。

 イギリスでは本作を鑑賞した首相が深い感銘を受けたと語り、政府の支援を受けて同国全土の中等学校で視聴可能となることが決定したという。エンターテインメントが社会を動かす事例がまた一つ増えたわけだが、子供をめぐるSNSとオンライン上の情報の弊害は喫緊の課題だと思う。

今回ご紹介した作品

Netflixシリーズ「アドレセンス」

配信
Netflixにて独占配信中

情報は2025年5月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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