今祥枝さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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インダストリー

2025/6/9公開

批評家たちが太鼓判を押す必見の金融スリラー

© 2023 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO® and all related programs are the property of Home Box Office, Inc.

「間違いなく現代最高の番組の一つ」「隠れたヒット作」と批評家たちが口をそろえて太鼓判を押す金融スリラー『インダストリー』は、文句なしに2020年代のマスト シー案件である。

 しかし、日本はもとより、本国アメリカやイギリスでも知名度が低めなのは、金融業界で働く若者たちのドラマが難しく感じられて敬遠されてしまうのかもしれない。あるいは、2020年のコロナ禍で世に出たシーズン1に比べて、2022年のシーズン2は格段にシーズン1の問題点が改善されており、2024年のシーズン3に至っては、ここからが本番かと思えるほどの盛り上がりを見せて、作品の評価は鰻登り。シリーズ開始以来、やっと人気にも火がつき始めているタイミングがまさに今なので、シーズン1で脱落した人もいたのだろうか。

 舞台となるのはロンドンの大手投資銀行ピアポイント。狭き門を突破して入社した5人の若者たちは、入社早々、半年後には新入社員の半分が脱落すると宣告され、正社員の座をめぐって熾烈な競争が始まる。

 主な新人は、野心家で戦略に長けたハーパー、実家が裕福で縁故採用のヤスミン、労働者階級の名門大学出身ロバート、同じく名門大学主審だが実家が裕福なガスら。営業担当MDのエリック・タオやFICC責任者ビル・アドラー、主任執行トレーダーのリシといったピアポイントの上級スタッフもメインキャストとして登場する。同期の連帯感らしきものが表向きはあるように見えて(実際にないわけでもないのだが)、隙あらば出し抜こうとする席取りゲームは、文字通り“仁義なき戦い”だ。もちろん、上級スタッフも安泰ではないので、中堅と新人が入り乱れてのサバイバルが展開する。

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 腹の探り合い、ハッタリ、騙し合い。数少ない同期なのだからと相手を油断させておいて、ここぞという時に最後の切り札を使って容赦なくライバルをぶった斬る。ところが、そこからが本番なのが、このドラマの醍醐味(怖いところ)だ。どんでん返しに次ぐどんでん返しで、視聴者が思ったような展開にはならない。まあ娯楽だから、それぐらい楽しませてくれても当然と言えばそうなのだが、各人のそのやり口がゲスの極みなのである。アメリカでは賞を総なめにしたHBOの富豪家の骨肉の後目争いを描いた『メディア王〜華麗なる一族』が放送されていた日曜夜9時の枠で放送されている本作は、まさに「登場人物の誰にも感情移入できない」と言われた『メディア王〜』のDNAを引き継いでいると言っていい。

 しかし、『インダストリー』はCEOの座を狙う「勝者総取り」のゲームではない。各キャラクターは一つの勝利を収めても、その戦いは果てしなく、上に行けばいくほど道はさらに厳しくなる。得るものが多くなれば、生き残るためのリスクは何倍にも膨れ上がる。タフに戦い続けて、勝ち続けなければ去るのみ。ある意味、この戦いは終わりがなく果てしないところがまた地獄感を呈している。

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 正直なところ、筆者は金融業界に憧れたこともなければ、そんな能力もないのだが、生き馬の目を抜く金融業界の話には、なぜか昔からとてつもなく心惹かれてしまう。キャリアだけでなく私生活の成功のためにもどんな手段も選ばず、ドラッグやセックス三昧の彼らの生き方は褒められたもんじゃない。しかし、面白いのはハーパーたちが、とりわけ自分たちがやっている仕事が「クズ」だという自覚がある点だ。

 彼らは大金を稼ぎ、出世し、キャリア目標を達成することに血道をあげている。だが、ドラマを観続けているとわかってくるのだが、そもそも論として彼らはもっと本質的なところで金融業界から離れられないのである。別の仕事に就こうとしても、一度金融業界でセールスやトレーディング、ヘッジファンドにおけるスリルを味わったら、そこから抜け出すことがいかに困難であるか。その様子は、ほとんどアドレナリンジャンキーであり、スリル依存症と言っていいのではないだろうか。

 シリーズが進むほどに各キャラクターが深く掘り下げられ、「クズ」の自覚のもとに堕ちるところまで堕ちた人間が、次にどんな行動に出るかは、もはや一般人には想像もつかない。コロナ後の世界を描いたシーズン2、ピアポイントがリーマンショック並みの危機に直面するシーズン3において繰り広げられる生存競争が熾烈さを増すほどに、番組は面白さを加速させていく。多分、誰もが大きな声では言いにくかろうと思うが、意外と共感を覚える人が少なくない気がする(実際に私はそうだ)。さらに言えば、俗っぽいロマンスもあれば真実の愛の物語だって含まれているのだから、この番組自体にある種の中毒性を感じずにはいられない。

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 似たような面白さを描いた作品としては、映画『ウルフ・オブ・ストリート』やドラマ『ビリオンズ』が代表格として挙げられるだろう。私はどちらの作品も好きだが、より『インダストリー』の世界を理解したいなら、ドキュメンタリー映画『エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか』をおすすめする。エンロンのトレーダーたちが、カリフォルニアで山火事が起きた際に「燃えろ燃えろ」と囃し立てたり、電気の値段を吊り上げるために悪質な手段で電力危機を悪化させながら歓喜と勝利の声をあげている録音テープのグロテスクさは、今でも忘れることができない。まさに“狂気の沙汰”が彼らの現実であり、『インダストリー』のメインキャラクターの日常に通じる感覚なのだ。

 視聴者の中には、『インダストリー』で描かれる何かが完全に狂ってしまった人々の姿は、どこまでリアルなのだろうかと疑問に思う人もいるはずだ。本作は、ロンドンの元投資銀行家のミッキー・ダウンとコンラッド・ケイが制作を手がけているので、本質は捉えていると考えていいだろう。一方、金融の専門家によれば「多くの点でディテールは正確だが、全体としては現実離れしている」とのこと。専門用語も多く、知識によっては完全に理解することは困難だろうが、あくまでも誇張されたフィクションとして楽しめば、さほど問題は感じないのではないかと思う。何かとくさくさする日々の生活の中で刺激的な1本を求めているなら、決して道徳を説くことはない、劇薬レベルの『インダストリー』は打ってつけのシリーズだ。

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今回ご紹介した作品

インダストリー シーズン1~3

配信
U-NEXTにて独占配信中

情報は2025年6月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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