地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
パズル作家ルートヴィヒ 謎は解くためにある
2025/10/6公開
孤独なパズル作家が兄になりすまして事件の真相に迫る
© Big Talk Studios Limited MMXXIV. All Rights Reserved.
自分が好きなタイプのミステリーの面白さを表現するとき、「パズルがぱちんとハマるような」というフレーズを多用してしまう。安易にも思えるが、本格ミステリーにおいてこれ以上の快感はない、最高の褒め言葉じゃないかとも思っている。実際に、クロスワードパズル好きの探偵やミステリー作家の中にはパズル作家も存在する。だから『パズル作家ルートヴィヒ 謎は解くためにある』という、そのものズバリの設定には思わず笑ってしまったのだが、実際には想像を超えた”パズルっぷり”が見事な傑作だった。ここまで事件の謎解きを、さまざまな種類のパズルに見立てて解明していく作品を私は知らない。例えば工事現場の殺人事件では、「空間知覚パズルと統計学」から導き出した答えをチェスの盤面を使って解説していたのだが、恥ずかしながら筆者は凝った解説が理解できずに巻き戻して2度見してしまった。
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主人公は、ルートヴィヒというペンネームでパズル作家として生計を立てながら、コンピューターや携帯電話、テレビも持たずにひっそりと暮らしているジョン(デヴィッド・ミッチェル)。ある日、一卵性双生児の兄ジェームズ(ミッチェルが一人二役)が行方不明になったという知らせを義姉ルーシー(アンナ・マックスウェル・マーティン)から受ける。ルーシーに調査を頼み込まれ、ジョンは渋々ながら優秀な刑事である兄になりすまして警察に潜入。何らかの事件に巻き込まれたらしい兄の周辺を探りながら、刑事として同僚たちとともに事件の捜査に当たることに。
こだわりが強く独りでいることを好み、世間と隔絶された生活を送っているジョンは、いわゆる『名探偵ポワロ』から『名探偵モンク』に至るまで、古今東西の変わり者で常人とは異なる明晰な頭脳を持つ名探偵の系譜にある。シーズン1は全6話。ベースには兄の事件を引っ張りながら、1話完結スタイルで興味深い事件を次々と解決していく。
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デヴィッド・ミッチェルが作り上げたジョンのキャラクターの秀逸さもさることながら、このドラマの作りが「パズルありき」なのが面白い。ジョンは慣れない社会=警察にほうりこまれて精神が崩壊しそうになる。被害者のこととか正義とか、そういったものには基本的に興味がないのだろう。しかし、あるとき事件の詳細を記したホワイトボードを見ながら、これはパズルなのだと気づく。「パズルは解かなければならない」と悟った瞬間、ジョンの腹は決まる。
もっとも刑事としての自覚ができたというより、あくまでも興味があるのはパズルを解くことだけ。しかし、そうやって仕方なく他者と関わることによって、これまで一度も考えたことがなかった、あるいは考えないようにしていた事実に対峙せざるを得なくなる。それは、年を取って頭脳が衰え、パズルのひらめきがなくなったとき、「自分の人生には何が残るのか?」という問題だ。
ジョンにとって疎遠だったらしい兄ジェームズの姿はないが存在感は大きく、兄の妻ルーシーとジョンは良き理解者同士であるらしい。ジョンはジェームズになりすますためにルーシーとその息子と暮らし、刑事の仕事をしながら同僚たちとも心を通わせていく。そして事件を解決するたびに、他人が抱えるさまざまな問題に目を向けることになり、翻って自分の過去や現在にも思いを馳せていく。
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ジョンはジェームズの人生を、実は羨ましく思っていたのだろうか? 一方で、ジェームズはなぜ、家族のもとを去ってしまったのか? ジョンとジェームズの生い立ちにも複雑な事情があるようだが、こうしたジョンの感情の機微を、本作はセリフではなく、事件とルーシーや他者との何気ない会話を通して視聴者に読みとらせていく。しっかりと謎解きの楽しみを提供しながら、その根底にあるもの、ミステリーの隙間から透けて見えるのは人生の哀感だ。
毎回、事件が起こる冒頭はクラシック音楽に乗せて始まり、1話正味一時間弱の中で事件を解決する。同時に、そこはかとなく不気味なジェームズの失踪をめぐるミステリーとジョンの心情を繊細に浮きぼりにしながら、最終的には胸にちくりとしたかすかな痛みを残す。この一連の流れるようなストーリーテリングに一切の無駄はない。そこには「この程度でいいでしょ?」といった視聴者をナメた態度は1ミリたりとも感じられず、熟練の作り手たちが全力で娯楽に臨む、静かな気迫が感じられるのだ。
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筆者は、番組が始まるときは今回はどんな事件かとわくわくし、見終わったときにはテレビの前で拍手していた。どうやったら、こんなに完璧に手慣れたふうでいながら、百戦錬磨のミステリーファンをまんまと唸らせることができるのか?と感嘆しながら。
『パズル作家ルートヴィヒ 謎は解くためにある』は、2024年9月から英の公共放送BBCで放送された。BBCと言えば、前々回にも取り上げた英ITVと双璧をなす秀作ドラマを数多く輩出していることは、海外ドラマファンにとっては説明するまでもないだろう。本作は視聴者数約950万人以上を記録し(見逃し視聴を含む)、2022年以降にBBCで放送されたドラマ作品の中で最大の視聴者数を獲得した。そうした数々の記録はもっともだろうと納得するのはもちろんのこと、「ながら見」ではなく、じっくりとテレビに向き合うに値する派手さはないが質の高い作品が国民的な支持を得るという、視聴者の民度の高さに感心すると同時に羨ましくもあるのだった。
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今回ご紹介した作品
パズル作家ルートヴィヒ 謎は解くためにある
- 放送
- ミステリーチャンネルにて10月12日(日)16時~一挙放送【字幕版独占日本初放送】
ミステリーチャンネル契約者向け無料オンデマンドサービスにて、見逃し配信あり
情報は2025年10月時点のものです。