今祥枝さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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マクストン・ホール 〜私たちをつなぐ世界〜

2025/11/7公開

「ヤング・アダルト」が欧州を中心に熱狂的なブーム

© Amazon MGM Studios

 世界的に若年層の心をつかんでいるヤング・アダルト(YA)小説。日本では、その昔はコバルト文庫的な世界観に通じるのだろうが、このジャンルが細分化していると考えられるため、「ヤング・アダルト」という言葉そのものが、特に若い世代には馴染みが薄いのかもしれない。要はティーンエイジャーのロマンスを軸とした青春&成長物語で、身分違いの恋、ゴージャスなセレブライフ、心揺さぶられる青春ドラマや美しいロケーションが定番の要素だ。

 そんなYA作品の映像化作品が、いまヨーロッパを中心に熱狂的なブームを巻き起こしている。近年、動画配信サービス「Prime Video」の欧州チームが牽引するこの潮流は、従来のアメリカ中心のYAヒット構図を塗り替えつつある。YAブームといえば、かつては『トワイライト・サーガ』や『ハンガー・ゲーム』など米国発の作品が象徴的だった。しかし、ここ数年は中心地がヨーロッパ発の物語が台頭している。また、SFやファンタジーの要素はなりをひそめて、少女漫画的な夢は見せるが等身大の若者(とその親世代)のロマンスや葛藤を描いた作品が人気を博している。

 同社の気合の入れよう、YAジャンルにかける意気込みは、筆者が取材した10月初旬にスペインのイビザ島で開催された、YA出演俳優が集結し、20カ国もの記者からファンまで一同に集ったゴージャスなイベント「Prime Video Retreat」を通して痛感した。たかがYAと侮るなかれ。原作ファンを制作・プロモーションのプロセスに巻き込む戦略「フルエクスペリエンス・アプローチ」によって、スペイン、ドイツ、イタリアといった国々の作家が生んだYA作品が、いまや国境を超えて広がっているのだ。

 その象徴のひとつが、スペインの作家メルセデス・ロンによる映画シリーズ『過ち(Culpa)』3部作である。母の再婚によって義理の兄妹となったノアとニックの禁断の恋を描いた同作は、2023年に第1作『俺の過ち』が配信されるや、190か国以上でトップ10入り。続編『君の過ち』、最終章『私たちの過ち』と続き、いずれもPrime Videoの国際ランキングで記録的なヒットを飛ばした。スペイン語圏から生まれた恋愛ドラマが、ドイツやブラジル、イギリスでも熱狂的に受け入れられていることは、もはや驚きではない。

 そんな欧州発YAムーブメントの新たな代表作として注目を集めているのが、ドイツ発のドラマシリーズ『マクストン・ホール 〜私たちをつなぐ世界〜』だ。ドイツの人気作家モナ・カステンによるベストセラー小説『Save 』シリーズ3部作を原作に、イギリスの架空の名門寄宿学校マクストン・ホールを舞台にした青春ラブストーリーである。

© Stephan Rabold

 貧しい家庭に生まれながらも努力で奨学金を得た少女ルビー・ベルと、上流階級の御曹司ジェームス・ビューフォートが、立場の違いを超えて惹かれ合う姿を描く。豪奢な学園、眩いパーティ、そして抑えきれない恋心。ドラマチックな要素を凝縮しながらも、登場人物が抱える不安や葛藤には等身大のリアリティが息づいている。

 ルビーを演じるハリエット・ヘルビヒ=マッテンは、本作で一躍国際的なスターとなった。これはPrime VideoのYA作品に通じる重要な要素の一つだが、彼女が演じるルビーは強い意志と自立した視点を持つ女性像だ。相手役ジェームス役のダミアン・ハルドンとのツーショットインタビューで、マッテンはシーズン2について、次のように語った。

「女性が“壊れた男性”を修復する責任を負うことはありません。ルビーはジェームスに寄り添いながらも、境界線をきちんと設定する。彼を支えることで自分を失うのではなく、自らの主体性と責任感を強化するのです」

© Amazon MGM Studios

 この言葉からも想像できると思うが、マッテンの力強い瞳の輝きは、クローズアップにこそ映える吸引力がある。その強さと優しさが共存するキャラクター造形は、あらゆる世代の、とりわけ女性に訴える魅力があると思う。

 一方、シーズン2のジェームスは家族の問題に直面し、自暴自棄に陥る。酒やパーティに逃げ、自己を見失った彼が再生するために必要なもの。それがルビーの存在だ。ハルドンはその演技アプローチについて、「ジェームスの行動の多くは、ルビーに影響されています。しかし、僕はどんな場面でも“能動的”でありたいと思って演じました。ルビーから何を得るのか、それがシーンを駆動する鍵なんです」と語った。傷ついたジェームスもまた、ルビーからポジティブな影響を受けながら、決して「依存」するのではなく、前を向く努力を続ける姿が描かれる。若者の恋と成長を描きながら、誰もが抱える「どう生きるか」という普遍的なテーマへと踏み込んでいる点が、多くの人の共感を呼ぶのだろう。

© Gordon Muehle

 もうひとつの欧州を軸としたYA作品の見どころは、ご当地ものの魅力を備えた各国の美しいロケーションだ。本作では、ドイツ・ハノーファー近郊にある中世の趣を残す荘厳なマリエンブルク城が、物語の象徴として存在し、強い印象を残す。マッテンもこの場所への特別な思いを語った。

「マリエンブルク城には特別なエネルギーがあるんです。撮影中、学園の廊下を歩くだけで、まるで登場人物の記憶がそこに染みついているように感じました」

 ハルドンは、彼の生家である「ヴィラ・ボーフォート」のシーンに特別な思い入れがあると言う。

「ヴィラ・ボーフォートはジェームスの内面を映す鏡のような場所です。壮麗なのにどこか錆びついていて、孤独が漂っている。撮影の合間に、森を見渡せる小さなバルコニーで過ごす時間が好きでした。静かで穏やかな瞬間が、彼の“これから”を象徴しているように感じたんです」

  二人の言葉が示すように、作品を鑑賞する際には「ロケーションそのものがキャラクターの心理を語っている」という視点を頭の隅に持っていると、より深く世界観に浸れるのではないだろうか。

© Stephan Rabold

 OTT*の台頭によって世界が一つの市場(ワンマーケット)となりつつある時代に、字幕言語の多さや吹替版の普及によって言語の違いは軽く乗り越えることができる。一方で、複数の言語を話すことが当たり前の欧州の俳優やクリエイターたちも、Prime VideoのYA作品を通して活躍の場を国際的に広げて行くことの可能性について語る人が取材を通して多かった。物語の中だけでなく、オフスクリーンでも夢のあるYAブームだった。

*OTT…「Over The Top」の略。インターネット経由で動画や音楽などのコンテンツを提供するサービス。

今回ご紹介した作品

マクストン・ホール 〜私たちをつなぐ世界〜(シーズン1、2)

配信
Prime Videoにて独占配信中

情報は2025年11月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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