今祥枝さんのドラマ批評 - ラーク

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

>プロフィールを見る

リクエスト

ラーク

2026/8/24公開

1978年にインド社会を震撼させた凶悪事件がベース

画像:ラーク 1

© Amazon MGM Studios

 最近、インド発のドラマに勢いを感じている。その勢いを象徴するのが、Amazonの発表によれば2026年6月に配信が始まった『ラーク』が、Prime Videoの非英語シリーズとして、世界3週連続1位を記録。198の国と地域で視聴され、23か国で首位、60か国でトップ10入りしたという。インド作品といえば、あまり馴染みのない人にとっては歌と踊りの華やかな映画を思い浮かべる人も多いかもしれない。だが配信時代のインドから届くのは、それだけではない。社会の暗部を見つめる犯罪ドラマや、家族と階級を描く重厚な物語が、いまや言葉の壁を越えて世界中の視聴者をつかんでいる。

 全8話の『ラーク』は、1978年に実際に起き、インド社会を震撼させた「ランガ=ビッラ事件」に着想を得たフィクションである。雨季のデリー。海軍将校を父に持つ10代の姉弟が、国営のオール・インディア・ラジオへ向かう途中で姿を消す。家では両親が帰りを待ち、警察では若い警部補ジャヤプラカーシュ・ジャータヴが捜索に乗り出す。一方、姉弟を車で連れ去った男たちの逃走も並行して描かれる。犯人当ての謎解きではない。彼らはどう追い詰められるのか、なぜ暴力は生まれ、事件のあとに何が残るのかを問うドラマなのだ。原題の「Raakh」はヒンディー語で「灰」。燃え上がる事件そのものより、火が消えたあとに残された人々を見つめる題名である。

 1978年といえば、日本では昭和53年。ピンク・レディーの「UFO」が流行し、成田空港が開港した年である。もちろんスマートフォンも防犯カメラも、DNAデータベースもない。頼れるのは固定電話と無線、新聞、手描きの似顔絵、目撃者の記憶、そして紙の捜査資料だ。州をまたぐ連絡にも時間がかかる。足で聞き込みを重ねる捜査はもどかしいが、その遅さが焦燥を生み、いまの犯罪ドラマにはない手触りを与えている。看板を書きかけの法科学研究所など、近代捜査がようやく形になろうとする時代の空気も面白い。

画像:ラーク 2

© Amazon MGM Studios

 一方で、インドならではの社会問題や歴史が暗い影を落とす。舞台は、1975年6月から1977年3月にかけて、当時のインディラ・ガンジー首相の主導で発令された「国内非常事態」が解除されて間もない時期だ。劇中、バス停に「私たち二人、子どもも二人」という家族計画の標語があるのは、インド民主主義の「暗黒時代」とも呼ばれ、市民の権利が大幅に制限された強権政治の時代の名残りだろう。この非常事態期には、人口抑制の名のもとで強制的な不妊手術が行われたからだ。その屈辱が、登場人物の一人の人格形成に大きな影響を与えている。ただし作品は、それを凶悪な暴力の免罪符にはしていない。国家による暴力、貧困、傷つけられた男の自尊心が、女性や弱者への暴力へと姿を変える危うさを映すのである。

 若い警部補が、長く差別されてきたダリットの出身であることも重要だ。彼は上級公務員試験を目指す秀才だが、警察組織の中で何度も能力を証明しなければならない。退職警官の父は、かつての上官たちに得意の羊肉料理を振る舞う。カーストによる「清浄/不浄」の観念のため、ダリットが作った料理を、上位カーストの人々が口にすることさえ忌避された歴史を知れば、上官が父の味を心待ちにする場面が単なるへりくだりではなく、父の世代が勝ち取った小さな尊厳だとわかるだろう。家の壁に掛かる、ダリット解放の象徴アンベードカルの肖像も多くを語る。父の世代が社会に受け入れられるために闘ったとすれば、息子は組織の中で対等に認められるために闘う世代なのだ。事件を追うムスリムの女性記者も含め、社会の周縁に置かれがちな人々が、硬直した制度を動かしていく構図も心に残る。

画像:ラーク 3

© Amazon MGM Studios

 非常事態の記憶、カースト、官僚制度、家族観、男らしさへの圧力。それらを知るほど、事件がなぜこの街、この時代に深い傷を残したのかが見えてくる。この事件を、当時を知る人々は「デリーの無垢な時代の終わり」と記憶しているという。それまで子どもが知らない人の車に乗ることに抵抗がなく、親が街を信じられた感覚が、一夜にして失われたからだ。この感覚は、昭和を知る読者の中には、その喪失感をどこか身近に感じる人もいるだろう。いずれにせよ、異文化を知ることが、そのままドラマを深く味わうことにつながっている。

 主演のアリ・ファザルは、正義を振りかざす英雄ではなく、迷いながら執念で前へ進む若者を抑えた演技で見せる。被害者の両親を演じるソーナーリー・ベーンドレーとアーミル・バシールは、希望が少しずつ失われていく時間を切実に体現している。犯人役の二人の不穏さも忘れがたい。雨音と抑えた音楽、捜査側と逃亡側を行き来する編集も、じりじりと恐怖を高める。派手な活劇より、待つ家族の沈黙や、取り返せない日常の重さが胸に残る。

 ただし、子どもへの暴力や性暴力を想起させる描写はきわめてつらい。インド国内でも、迫真性を評価する声がある一方、残酷さを見せすぎではないかとの批判が出たことは記しておく。

画像:ラーク 4

© Amazon MGM Studios

 凶悪事件は国境を越えて関心を集めやすい題材だが、本作の陰惨さと重厚な語り口は、むしろ北欧サスペンスに近いと筆者は感じた。配信によって世界のエンターテインメントが地続きになったいま、1970年代の社会を映し出す各国の作品を見比べてみるのも面白い。素行不良とみなされた女性を強制収容し、不妊手術まで行っていた施設の闇を暴くデンマーク・ドイツ合作映画『特捜部Q カルテ番号64』、本土復帰前夜の1972年の沖縄で現金輸送車襲撃事件を追う日本の『連続ドラマW 1972 渚の螢火』、そして1970年代後半、FBI捜査官たちが犯罪プロファイリングの手法を確立していく米国ドラマ『マインドハンター』である。同じ1970年代でも、国が違えば見えてくる社会の傷も異なる。遠い国の過去が私たち自身の記憶や現在につながって見えてくる。それこそが配信時代に世界のドラマを観る醍醐味ではないだろうか。

今回ご紹介した作品

ラーク

配信
PrimeVideoにて独占配信中

情報は2026年8月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

週刊テレビドラマTOPへ