小西未来さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ジャック・リーチャー ~正義のアウトロー~

2022/04/27公開

デカさは正義。予定調和で何が悪い?

©Amazon Studios

 うどの大木。でくの棒。見かけ倒し。筋肉バカ。
 背丈が異様に高い男性を見かけると、口には出さないまでも、このような言葉が頭をよぎらないだろうか?無意識かもしれないが、それは劣等感の裏返しなのかもしれない。「あれだけの体格に恵まれたからには、きっと何かが劣っているはずだ」と勝手に考え、あら探しをしてしまう。そして、知性や敏捷性、デリカシーなどをチェックし、欠点を見つけては安心するのだ。もちろん、自分のことはしっかり棚にあげて。

 だが、身長196センチメートルの巨漢ジャック・リーチャーは「でくの棒」とはほど遠い。いまでこそさすらいの放浪者だが、元アメリカ陸軍内部調査部のエリート軍人という設定だ。だから、洞察力に長け、腕っ節も強い。だが、寡黙で大きな図体をしているから、どこでもトラブルを引き寄せてしまう。本人にとっては極めて不幸なことだが、刺激的な物語を求めている読者にとっては大歓迎だ。

©Amazon Studios

 ジャック・リーチャーとは、英作家リー・チャイルドの人気サスペンスシリーズの主人公だ。実は、トム・クルーズ主演で『アウトロー』(クリストファー・マッカリー監督)と続編『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』(エドワード・ズウィック監督)と2度映像化されている。だが、クルーズのスター性をもってしても、身長差だけは超えることができなかった(トム・クルーズは170センチ前後)。

『ジャック・リーチャー ~正義のアウトロー~』は、原作ファンも納得の待望の映像化だ。主演には、身長188センチの大男アラン・リッチソン(『ハンガー・ゲーム2』『ミュータント・タートルズ』)が起用されている。

 放浪者のジャック・リーチャーはジョージア州の小さな街マーグレイヴにやってくる。好きなブルース歌手の足跡を追っていただけだが、容姿が似通っているという理由から殺人事件の容疑者として逮捕される。これをきっかけに、壮大な陰謀に巻き込まれていくという筋書きだ。

 原作は『ジャック・リーチャー』シリーズ第1巻『キリング・フロアー』だ。2時間の枠に押しまなくてはならない映画版と異なり、テレビシリーズである本作は8話で綴られる。事件のプロットを駆け足で辿る必要がないため、キャラクター描写にじっくり時間をかける余裕がある。マーグレイヴ警察のフィンリー警部(マルコム・グッドウィン)、女性警官ロスコー(ウィラ・フィッツジェラルド)らとのあいだに深い絆が生まれていくプロセスが楽しい。

©Amazon Studios

 最大の魅力は、昔懐かしの勧善懲悪モノである点だ。アメリカドラマといえば、かつては犯罪捜査ドラマ『CSI:科学捜査班』シリーズや政治ドラマ『ザ・ホワイトハウス』、医療ドラマ『ER 緊急救命室』まで、正義のプロフェッショナルたちが問題解決するさまを描く1話完結型ドラマが主流だった。だが、21世紀になると「ロングフォーム」と呼ばれる1話で完結しないドラマが増加。ストーリーも多様化し、アンチヒーローを主人公にしたものが増えていった。その結果、悪が罰せられる作品が減ったのだ。

『ジャック・リーチャー ~正義のアウトロー~』は、8話というロングフォーム形式ではあるが、勧善懲悪モノである。正義の味方ジャック・リーチャーが、悪を倒すまでの過程が描かれていく。この点にサプライズはなく、言ってみれば、ドラマを見る前から結末が分かっているのだ。

 平時だったら、予定調和の物語はこれほど歓迎されなかったかもしれない。だが、新型コロナウィルスの収束がいまだにみえず、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻という事態を目の当たりにして、不安や無力感を抱えている人にとっては格好の心のよりどころになる。

『ジャック・リーチャー ~正義のアウトロー~』には頼もしいヒーローがいて、困っている人たちを救ってくれる。しかも、彼には特殊能力はない。大きな体と明晰な頭脳、正義感だけが頼りだ。宇宙人や超能力者、大富豪らが活躍するスーパーヒーローものよりも、ずっと共感しやすい。

 それでもファンタジーには違いない。だが、8時間のあいだ現実を忘れ、痛快なストーリーに没頭させてくれるコンテンツはそうはない。Prime Videoのオリジナルドラマである本作は、配信開始から24時間のあいだで史上トップ5の視聴回数を記録したという。ジャック・リーチャーが知名度の高いキャラクターであることや、全米の批評家が絶賛していることに加えて、いまの時代にぴったりとはまっている証拠だろう。すでにシーズン2の制作も決定しているので、新たな人気シリーズとして長く楽しむことができそうだ。

予告編

今回ご紹介した作品

ジャック・リーチャー ~正義のアウトロー~

Prime Videoで独占配信中

情報は2022年4月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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