小西未来さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ベター・コール・ソウル

2022/05/10公開

アメリカンドリームを題材にしたファニーでスリル満点の悲劇

Netflixシリーズ『ベター・コール・ソウル』シーズン1~6独占配信中

『ベター・コール・ソウル』を語るうえで、傑作ドラマ『ブレイキング・バッド』(2008~2013)に触れないわけにはいかない。なぜならこれは『ブレイキング・バッド』にシーズン2から登場し、人気キャラクターとなった弁護士ソウル・グッドマンの過去を描くスピンオフドラマだからだ。今風にいえば、『ブレイキング・バッド』ユニバースの一部である。

 だが、『ブレイキング・バッド』の放送終了からすでに10年近く経過しているから、海外ドラマファンのなかにも、『ブレイキング・バッド』の偉大さを知らない層が生まれているはずだ。そんな人が偶然Netflixで『ベター・コール・ソウル』に出会っても、作品解説は『ブレイキング・バッド』に触れているし、主人公は無名の中年男性だから――もっとも主演のボブ・オデンカークは、アクション映画『Mr.ノーバディ』(2021)において外見とのギャップを生かし、俳優としても知名度をあげている――、再生ボタンを押す人はなかなかいないだろう。

 そんなわけで、『ブレイキング・バッド』未見の人のために、『ベター・コール・ソウル』を紹介してみようと思う。本音を言えば、まずは『ブレイキング・バッド』全62話を見て、エピローグ映画の『エルカミーノ: ブレイキング・バッド THE MOVIE』(2019)をクリアしてから、『ベター・コール・ソウル』を見るべきだと思う。なにしろ『ブレイキング・バッド』は21世紀最高のドラマだと筆者は固く信じているからだ。

 だが、『ベター・コール・ソウル』を楽しむために、『ブレイキング・バッド』の視聴は前提条件ではない。『ベター・コール・ソウル』からこの魅惑的なユニバースに足を踏み入れるのも、アリかもしれない。『スター・ウォーズ』シリーズを、『エピソード4/新たなる希望』(1977)ではなく、『エピソード1 ファントム・メナス』(1999)から始めるのと同様に。

 前置きが長くなくなってしまった。

『ベター・コール・ソウル』の主人公はうだつのあがらない三流弁護士のジミー・マッギル(ボブ・オデンカーク)だ。公選弁護人として、犯罪者たちの弁護を安い報酬で請負ながら、隠居生活を送る兄チャックの面倒をみている。ジミーの夢は、尊敬するチャックが立ちあげた弁護士事務所HMMでエリート弁護士として働くことだ。だが、いつまで経ってもその夢は叶わず、かわりにどんどんダークサイドに足を踏み入れてしまう。

 ビジネスでもフィクションでも、アメリカは成功物語で溢れている。機会が平等に与えられる希望の国では、志を抱き、努力を怠らなければ、必ず成功を掴むことができるという、いわゆるアメリカンドリームだ。

 主人公のジミーは無軌道な十代を過ごしたものの、兄に憧れてHMMの郵便係をしながら弁護士資格を得た努力家である。また、機転が利き、天賦の口のうまさを持っている。そんな彼にとって弁護士はまさに天職といえる。

 だが、彼はどうしても自分の夢を叶えることができない。それは法令遵守意識や道徳観念が希薄という彼自身の欠点と、兄の嫉妬など周囲からの妨害に遭うためだ。

 どれだけ努力しても報われないジミーの窮状は、私たち視聴者の胸を打つ。『ベター・コール・ソウル』の脚本が優れているのは、現代人の悲哀をしっかり描きつつ、主人公にコンスタントに葛藤を与えていることだ。そして、ピンチになったときこそ、ジミーは本性を発揮する。ジミーの解決策は控えめに言っても型破りで、法的、道徳的にも問題が大ありなのだが、おかしくて痛快だ。

『ベター・コール・ソウル』最大の特徴は、6シーズンで綴られる壮大な悲劇である点だ。ジミーの末路は、実は第1話で明らかにされている。彼はのちに悪徳弁護士ソウル・グッドマンとしてある程度の成功を収めるものの、命を狙われたことがきっかけで、他人に成りすまして田舎のシナボン(編集部注:世界で1400店を展開するシナモンロールの専門店)の店長として働くことになる。常に周囲を警戒し、片時も心を休めることができない孤独な逃亡生活が彼を待っているのだ。

Netflixシリーズ『ベター・コール・ソウル』シーズン1~6独占配信中

 そして、ついに『ベター・コール・ソウル』は最終シーズンを迎えた。ドラッグカルテルの抗争に巻き込まれた彼はまさに綱渡りの連続である。『ソウル・グッドマン』最終形態への変化を期待する一方、彼に残された良心が消滅していくさまを見るのはなんとも切ない。とくに、最大の理解者であり、弁護士仲間でもある妻キム・ウェクスラーとの未来には、悪い予感しかしない。壮大でもの悲しい結末がきっと待ち受けているはずだ。

 いまからでも遅くない。伝説のドラマのフィナーレをリアルタイムで見届けるチャンスだ。

予告編

今回ご紹介した作品

ベター・コール・ソウル

Netflixで独占配信中

情報は2022年5月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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