小西未来さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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リクエスト

テヘラン

2022/05/27公開

イスラエルの女性スパイがイランに潜入。中東を舞台にした極上のスリルサスペンス

画像提供 Apple TV+

 物心ついたころからスパイスリラーというジャンルに目がない。世界をまたにかけて、特殊能力と秘密道具を駆使し、テロや世界戦争を未然に防ぐ。愛国心や使命感に突き動かされているものの、スポーツカーを転がしたり、美女と密会したりと羽目を外すことも許されている。

 ありきたりで代わり映えのない生活をしている視聴者にとって、これ以上の現実逃避があるだろうか?

 幼いころは『007』シリーズ(1962年~)を浴びるように見たものだが、年を重ねるにつれて、深い感動を与えてくれるのは、スケールやアクションだけではなく、主人公のパーソナルな面がきちんと描かれた作品であると気付くようになった。

 たとえば、マット・デイモン主演のジェイソン・ボーン・シリーズがある。主人公のジェイソン・ボーンは、政府の非人道的な秘密計画で育成された暗殺者だ。だが、第1弾『ボーン・アイデンティティ』(2002年)は、記憶を失った状態で登場する。ヨーロッパを舞台に壮大なスケールで物語が綴られていくものの、自分の正体を知りたいという純粋な欲求と、その事実を知ったあとの贖罪という、主人公の心の旅が丁寧に描かれている。だからこそ、観客は主人公に共感を抱くことができるし、作品が重層的に響くのだ。

『ミッション:インポッシブル』(1996年~)に関しても、もともとはスーパースパイの華麗な活躍を描くアクション映画だったが、第3弾『M:I:III』(2006年)から主人公イーサン・ハント(トム・クルーズ)のパーソナルな面が描かれるようになった。この作品でメガホンをとったJ・J・エイブラムス監督は、出世作のスパイドラマ『エイリアス』(2001~2005年)において、大学生活とスパイ活動の両立を図ろうとする主人公シドニー・ブリストウ(ジェニファー・ガーナー)の葛藤を描いていた。

 こうしたトレンドを受けて、本家『007』も路線を変更する。主人公ジェームズ・ボンドがダニエル・クレイグになってからは、よりリアルで人間的なキャラクター描写になっている。

 テレビドラマの世界では、スケール感とキャラクター描写を両立させたスパイスリラーが豊富だ。『HOMELAND』(2011年)『ジ・アメリカンズ』(2013~2018年)『トム・クランシー/CIA分析官ジャック・ライアン』(2018年~)『ハンナ 殺人兵器になった少女』(2019~2021年)『ナイト・マネージャー』(2016年)『キリング・イブ KILLING EVE』(2018年~)と、どれから始めたらいいかわからないほどだ。

 同時に、このジャンルが飽和状態になっているのも事実である。そんななか、イスラエル製作の『テヘラン』(2020年~)が登場した。

 主人公はイスラエルの諜報機関モサドの捜査員タマル(ニヴ・スルタン)だ。イランの原子炉への空爆を成功させるために、タマルはイランに潜入して、防空システムを無効化しなくてはいけない。だが、不測の事態が相次ぎ、彼女はイランの首都で孤立。シーズン1は、そんな彼女のサバイバルストーリーが8話にわたって綴られていく。

画像提供 Apple TV+

 最大の魅力は、欧米のドラマに慣れたぼくらに馴染みのない世界で物語が展開することだ。テヘラン侵入に成功した彼女は、タクシーでの移動中にクレーン車から吊された死体を目撃する。運転手によると、死体は銀行の支店長で、横領の見せしめとして公開処刑されたのだという。この国では、常識や法律が通用せず、何が起こってもおかしくない。その恐怖を端的に伝える見事な場面である。

 また、ヒロインは、クラブマガという護身術を身に付けているものの、スーパーヒーローではない。そんな等身大の女性が、一歩間違えれば死が待ち受ける危険なゲームを異国で繰り広げていく。

 ちなみにタマルはイランで生まれたものの、6歳でイスラエルに移住したという設定だ。イランからの脱出を試みるなかで、自らのルーツを向き合うというストーリー展開もいい。

画像提供 Apple TV+

 先日、配信を開始したばかりのシーズン2は、モサドを離れ、新天地カナダで新たな生活をはじめようとしているタマルが、諜報活動の世界に引き戻されるという展開だ。イスラエルのドラマながら、米女優のグレン・クローズが参加していることからも、この作品の評価の高さがわかるだろう。

 ぜひ、中東を舞台にしたこのドラマで、ありったけのスリルを存分に味わってもらいたいと思う。

予告編

今回ご紹介した作品

テヘラン

Apple TV+ でシーズン1・2配信中

情報は2022年5月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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