小西未来さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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リンカーン弁護士

2022/07/27公開

LAのやり手弁護士ミッキー・ハラ―が、リンカーンを駆って法廷に乗り込む、型破りなリーガルドラマ

Netflixシリーズ『リンカーン弁護士』独占配信中

 アメリカには、弁護士や検察官など法曹界のプロフェッショナルや司法制度を題材にしたリーガルドラマの長い歴史がある。1957年に放送を開始したテレビシリーズ『弁護士ペリー・メイスン』を皮切りに、『L.A.ロー 7人の弁護士』『LAW & ORDER』といった長寿ドラマに引き継がれた。他にも『ザ・プラクティス ボストン弁護士ファイル』『アリー my Love』『ボストン・リーガル』『グッド・ワイフ』『SUITS』『殺人を無実にする方法』『弁護士ビリー・マクブライド』『ベター・コール・ソウル』と枚挙にいとまがない。

 だが、刑事ドラマや医療ドラマといった定番ジャンルと比較すると、日本におけるリーガルドラマの人気はいまいちだ。アメリカが訴訟大国であるのに対し、日本の一般視聴者にとって弁護士や裁判が縁遠い存在であることが関係しているのかもしれない。

 だが、良質な物語を生む潜在力は、刑事や医師を主人公にしたドラマに決して劣らない。刑事ドラマの魅力のひとつは事件の謎解きにあるが、それはすべてのリーガルドラマに備わっている。視聴者は「被告人は本当に無罪なのか?」「真犯人は誰なのか?」というミステリーと向き合うことになるからだ。

 さらに法廷において弁護士が洞察とロジックとはったりで検察側の完璧なストーリーを崩していくさまは、手術室で天才外科医が執刀するようなスリルと快感を与えてくれる。実際、職場のチームワークや主人公の家族ドラマ、クライアントとの心のふれあいなど、刑事ドラマや医療ドラマにあるものはすべて揃っている。縁遠い世界を舞台にしているからといって、食わず嫌いのままでいるのはもったいない。

 いまリーガルドラマの初心者にぜひ薦めしたいのが、Netflixのオリジナルドラマとして配信中の『リンカーン弁護士』だ。なにしろ、ショーランナー(※編集部注:ドラマの現場指揮者)として脚本家チームの指揮を執るのは、元弁護士で『ザ・プラクティス ボストン弁護士ファイル』『アリー my Love』『ボストン・リーガル』『弁護士ビリー・マクブライド』など、リーガルドラマの大御所のデヴィッド・E・ケリーである。

『リンカーン弁護士』の主人公は、元凄腕弁護士のミッキー・ハラーだ。サーフィンでの事故がきっかけで鎮痛剤オピオイドの依存症になり、クライアントをすべて失ってしまった過去を持つ。ある日、弁護士仲間のジェリー・ヴィンセントが何者かに殺害されたことがきっかけで、弁護士業を再開させることになる。遺言により、ジェリーの身に何かがあった場合、ミッキーがすべてのクライアントを引き継ぐことになっていたからだ。

Netflixシリーズ『リンカーン弁護士』独占配信中

 かくして、ミッキーは、窃盗罪で訴えられている女性から、妻と愛人殺しの容疑をかけられている大富豪まで、大小さまざまな案件を抱えこむことになる。シーズン1は、最重要クライアントであるゲーム業界の大物トレヴァー・エリオットの弁護と、殺害されたジェリー・ヴィンセントの犯人捜しを軸に物語が展開していく。

 ちなみに、「リンカーン弁護士」とは米高級車リンカーンの後部座席での仕事を好むことからつけられた主人公ミッキ・ハラーの愛称で、原作は人気作家マイクル・コナリーの人気シリーズである。

 主人公の魅力こそが、このドラマの最大の魅力だ。ミッキー・ハラーは検察の不備をついて起訴を無効にしたり、刑の軽減を勝ち取る泥臭いやり方を得意とする。また、被告が無実かどうかにも関心がない。その一方で、依存症から立ち直ろうとしている女性を自分の運転手に雇ったりする。

Netflixシリーズ『リンカーン弁護士』独占配信中

 弁護士だった父を理想とする一方で、薬物依存症とも闘っている。それでも、視聴者が彼のことを気にかけずにいられないのは、タフでシニカルそうな外見とは裏腹に、善良なハートを持っていることが分かるからだ。二人の別れた妻と良好な関係を築いているのが、その証拠だ。

 アクションやツイストをからめながら、物語はテンポ良く進んでいく。週末にイッキ見することも可能だろう。ちなみにシーズン1は世界90ヶ国でトップ10入りを果たし、すでにシーズン2の制作が決定している。

「リンカーン弁護士」にケチをつけるとすれば、目新しさがないことだ。たとえば、「アリー my Love」にはコメディ、「SUITS」は法廷場面を出さないなど、これまでのリーガルドラマには何らかの新しい要素が取り入れられていた。だが、「リンカーン弁護士」にはそれがまったく見あたらない。

 でも、それが悪いことだとはまったく思わない。たとえば、海辺で没頭させてくれる軽めの小説が、ブッカー賞やノーベル賞を獲るような重厚な作品に劣っているとは思わないように。

今回ご紹介した作品

リンカーン弁護士

Netflixで独占配信中

情報は2022年7月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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