小西未来さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ミズマーベル

2022/08/29公開

新しいスーパーヒーローはイスラム系女子高生!

©2022 MARVEL

 平凡な若者が、ひょんなきっかけで超能力を身につけ、スーパーヒーローとしての慣れない日々を歩み出すことになる。

 これまで数えきれないほど繰り返されてきたパターンではある。だが、主人公の設定が高校生になると類似作品はかなり減り、女子になるともっと少なくなる。そして、イスラム系となるとゼロになる。そう、『Ms.マーベル』はイスラム系アメリカ人の女子高生を主人公にしたスーパーヒーロードラマなのだ。

©2022 MARVEL

 アイアンマン、ハルク、ソー、キャプテン・アメリカといった白人男性のスーパーヒーローで幕を開けたマーベル・シネマティック・ユニバースも、『ブラックパンサー』(2018年)をきっかけに『キャプテン・マーベル』(2019年)、『シャン・チーとテン・リングスの伝説』(2021年)、『エターナルズ』(2021年)と、さまざまな人種や性別・性的嗜好を持ったスーパーヒーローを登場させるようになった。登場人物のみならず、監督や脚本家にしても同様で、多様性・包括性をぐんぐん推し進めているのである。

 いささかやり過ぎじゃないかと思えるほどだが、マーベル・スタジオで制作部長を務めるヴィクトリア・アロンソは、「私たちが住んでいる社会を反映することは単に重要なのではなく、必須なのです」と断言する。

 世界的企業のディズニーが子会社マーベルのアグレッシブな政治姿勢を支持しているのは、ビジネス的に理に適っているからだ。いまやハリウッド大作の総興収の過半数はアメリカ以外だ。だから、世界中の観客が共感を得るためには、多様な人々の物語を描いたほうがいいのである。

 長い間、ハリウッド作品の主演といえば、白人俳優が大半を占めていた。それはアメリカの人口分布とかけ離れていたわけだが、ハリウッドは2016年に勃発した「白すぎるオスカー」問題をきっかけに是正を加速。2018年に公開されたほぼアジア人キャストの『クレイジー・リッチ!』とほぼ黒人キャストの『ブラックパンサー』がいずれも大ヒットを記録したことをきっかけに、多様性・包括性は「政治的に正しい」ばかりか、カネになることが明らかになったのである。

 そんなわけで、「政治的に正しい」マーベルがDisney+向けドラマの主人公に選んだのは、イスラム系アメリカ人のカマラ・カーンである。米ニュージャージー州に住むカマラは、イスラム系家庭としての慣習を守りながらも、アベンジャーズを愛するオタク少女である。ひょんなきっかけから特殊能力を得たカマラは、身分を隠しながらヒーローとしての活動を開始することになる。

 イスラム系アメリカ人の少女が主人公だから、その生活は白人家庭のそれとかなり違っている。当たり前のように礼拝のためにモスクにいくわけだが、そこでは若い女子たちがインスタグラムに投稿をして大人に叱られるなど、従来のハリウッド映画やドラマが描くイメージとはずいぶん異なっている。

 驚くのは、生活環境や習慣は違っていても、親との対立や将来への不安などヒロインが抱える問題が普遍的な点だ。

©2022 MARVEL

 実際、前述のアロンソ制作部長も言う。「包括性の欠如の多くは、人間はみんなとても違っていると考えていることに関係しています。実際には 私たちはみんな痛みを抱え、借金を抱え、夢を抱き、家を出るときに靴を履きたがらない子供を抱えています。ヒスパニックや黒人、アジア人、サモア人などそんなことは関係なく、男性でも女性でもノンバイナリーでも、誰であろうと関係なく、私たちにはいつも普遍的なことが起こっているんです」

 つまるところ、作品に多様性・包括性を取り込むことは、同じストーリーを異なる包装紙で包むのと同様だ。おかげで、使い古された物語も新鮮な気持ちで楽しむことができるのだ。

 さらに、はるかに大きな意義がある。2009年、バラク・オバマがアメリカ史上初の黒人大統領となったが、2001年に放送開始した米ドラマ『24 twenty four』に黒人の大統領が登場していなかったら、実現していなかったという説がある。大ヒットドラマの『24 twenty four』のおかげで、黒人の政治家がホワイトハウスに住むという、それまでだったら非現実的なシナリオを、有権者たちは容易に想像できるようになったというのだ。いまとなってこの説を実証するのは難しいが、コンテンツにおける「representation」の重要性は明白だ。representationとはもともとは「表現」や「代表」という意味だが、近年の文脈では「多様性を適切に表現すること」として用いられている。

 かつてのスーパーヒーローは白人男性ばかりだった。だから、そうしたコンテンツを見て育った子供たちは、もし白人男子ではなければ、スーパーヒーローになる自分を想像することができなかったはずだ。

 しかし、representationは、人種や性別・性的嗜好に限らず、夢を抱くチャンスを与えてくれる。その影響力は、どんな政策や宣伝よりもずっとパワフルだ。

予告編

今回ご紹介した作品

ミズマーベル

ディズニープラスで独占配信中

情報は2022年8月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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