辛酸なめ子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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先生のおとりよせ

2022/05/02公開

グルメドラマ戦国時代に満を持して登場の「おとりよせ」ドラマ。主演2人の食レポバトルにも注目

©AN,YE(L)/TX

 雑誌などでも頻繁におとりよせ特集が組まれているので、おとりよせは常に世間のニーズが高いのでしょう。「孤独のグルメ」などグルメがテーマのドラマがヒットする中、満を持しておとりよせグルメドラマがスタート。
「ピンポーン」とチャイムが鳴ったら嬉しそうに玄関に向かうのは、向井理演じる官能小説家、榎村遥華。馴染みの宅配業者の青年が「今日はなんですか?」とダンボールを手渡すシーンで、かなりのおとりよせリピーターであることが伝わってきます。箱の中身は九十九里浜のオイルサーディン。さっそく開封してレンジアップして食べる榎村。

「ホロッとくずれるイワシの食感」
「口腔内の満足度がすごい…」

と、テンション高めの心の声が流れます。グルメ番組といえば、心の声のナレーションがポイント。人と会話しながら食べる機会が減ってしまった今、視聴者が感情移入しやすい演出です。

 その榎村がある時、運命的な出会いを果たす相手が、北村有起哉演じる萌え系タッチの漫画家、中田みるく。出版社の企画で榎村と中田にコラボの仕事が立ち上がります。作品を読んで中田ファンだった榎村は、著者近影の巨乳美少女のイラストを見て会うのを楽しみにしていたのですが……初対面の時に現れた中田を見て「おっさんじゃねえか!」と驚愕。繊細なフェミニン男子の中田は「おっさん」という単語に傷付き、最悪な初対面となりました。

 お互いの作品のファンだっただけあって、可愛さ余って憎さ百倍。幻滅した2人は、もうコラボなんてしたくない、というモードに。ただそれぞれのおとりよせの手土産を受け取って家で食べてみると、センスを認めざるを得ませんでした。

 漫画家の中田のおとりよせは、林万昌堂の木箱入り甘栗。「初対面の場にあえて食べにくい殻つき甘栗?! と当初嘲笑していた榎村でしたが、食べてみると「しっとりした食感が舌を優しく包み込んでくれる」と、おいしさに感じ入りました。いっぽう榎村に、永楽屋の琥珀、ゆず味をもらった中田は口の中に広がるゆずの香りを堪能。二人一緒に「くやしいけど、これはたしかに……うまい!」と、それぞれの部屋で感極まって叫ぶのでした。

©AN,YE(L)/TX

 ここまで見て、商品名で検索してみたら、やはりどれも実在していました。「この物語はフィクションですが、『おとりよせ』は『本物』です」と、番組最後にも表記されています。「孤独のグルメ」で取り上げられた店が行列店になるように、このドラマに出たおとりよせも品切れ続出になりそうです。ドラマに商品が出た瞬間、即通販サイトに行ったほうが良さそうです。食品業界を活性化するグルメ系ドラマ。いち消費者としての意見を申し上げると、次はデパ地下の惣菜とかをテーマにしたドラマがあっても良いかもしれません。

 ドラマのストーリーに戻ると、食の趣味だけでなく実は女性の趣味も合っていた榎村と中田。橋本マナミ演じる、黒い網タイツに胸の谷間をチラ見せした美人編集長、九堂今日子と会ったら、コラボ企画に対して少しやる気が出てきます。
 ちなみに実際の官能小説家とか漫画家は腰が低い人が多いので、こんな相手とはやりたくないとか言ってもめることはあまりないような……。そして橋本マナミのような女を全面に出したお色気系編集長も実際はお目にかかったことはありません。夢と現実が交錯しているドラマです。

 第2話では、仕事に集中するため編集長におとりよせを止められて、ライフラインが絶たれたかのような飢餓状態になる榎村。そこへクラブハリエのバームクーヘンを持った中田が現れ、おいしいスイーツをおすそわけ。お礼に榎村秘蔵の最高級のコピ・ルアクのコーヒーを一緒に飲むことで、少しずつ心を通わせていきます。
「今までのコーヒーの概念を打ち壊すほど、淫らで、さわやかだ」と、さすがの表現力で食レポする榎村。2人の表現者としての食レポバトルも見どころの一つです。というか謎の巨乳美少女漫画のコラボではなく、食通同士はやりのグルメ系で合作したほうが売れるのでは?と画面ごしにアドバイスしたくなってきます。

 セクシー系編集長に対する色欲と、おとりよせへの食欲。どちらの欲望が勝つのか、おじさんの煩悩のせめぎあいを見守っていきたいです。

予告編

今回ご紹介した作品

先生のおとりよせ

テレビ東京系 毎週金曜深夜0時52分~
Amazon Prime Videoで先行独占配信中

情報は2022年5月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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