辛酸なめ子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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エロい彼氏が私を魅わす

2022/06/29公開

野島伸司最新作は、令和時代の結婚観を問うラブコメディ

 かつて「三高」と言われた、理想の男性の条件が令和になって変わってきているそうです。マッチングアプリ会社の調査結果によると、以前の「高身長」「高学歴」「高年収」から、「高年収」「コミュ力」「マナーが良い」男性が、ハイスペ(編集部注:ハイスペックの略。本来は高機能、高性能なものに対して使われる語)とされているとのこと。結局「高年収」はマストなんですね……。と思いながら、マナーやコミュ力が大事にされるというところに、SNS社会で炎上しないように気を使っている現代人の姿が垣間みられます。

 そうはいっても……本能が反応し、全ての条件がどうでも良くなってしまうことがあるのでは? そんな可能性うずまく夢のあるドラマが、野島伸司脚本の「エロい彼氏が私を魅わす」です。

 お嬢様の仁美(松井愛莉)は、エリート証券マンでイケメンの圭吾(結木滉星)と婚約中でした。釣り合いの取れた申し分のない相手との結婚を控えていたある日、道端で運命的な出会いが。汗水を垂らし、筋肉を浮き立たせながら工事現場で働く土木作業員のまなぶ(笠松将)にひとめ惚れしてしまったのです。ペットボトルを飲み干す時に上下する喉仏、ドロドロになったTシャツ、地面にドリルを突き立てるワイルドな姿などは、ホワイトカラーの圭吾には全くない要素でした。それから心ここにあらず状態で、圭吾とデート中に思わずキスを拒んでしまった仁美。ハイスペ婚約者との結婚はどうなってしまうのでしょう……。物価高などにあえぐ視聴者としては、なんとか彼を逃さないでほしいと願い、ハラハラしてしまいます。

 そんな仁美を心配し、あらゆる策を講じて破談を阻止しようとするのが、母の万里子(国生さゆり)と姉の瑠璃(菅野莉央)。「私はじめて人を本気で好きになったかも。自分が根こそぎ持っていかれたっていうか……」という仁美の言葉に、「ママ、更年期になっちゃうかも……」とショックを受ける母。「その男の人に誘惑されたのよね」と早合点し、姉の瑠璃と一緒にまなぶの家に乗り込みます。(住所は仁美がまなぶの働く会社に問い合わせて取得) 世間知らずでおっとりした母を演じる国生さゆりが妙に若々しいため、もしかしたら母がまなぶと不倫する展開もありかもしれない?と期待させられます。

 しかし「専業主婦の母親の役割は、娘をいいところにお嫁に出すこと」という価値観の持ち主で、世代的にもブランドやステイタスを重視する万里子には、学歴も収入もないまなぶのセクシーさは響かなかったようです。ボロいアパートにドン引きしながら、まだ2人は何も始まっていないというのに、母は「いわば売約済みなんですよ。人のものなんです!」と、まなぶに詰め寄ります。

 仁美は「二人とも彼をよく見て」「子宮が疼いたの」と、母と姉に訴えます。本能のまま暴走する仁美でしたが、まなぶはそのセクシーさから、これまでにもストーカー化した“ファン”の女性がいた上、キャバクラ嬢の彼女と同棲していることが判明。気持ちを切り替えて、仁美も彼を“ファン”として好きになろうと心に決めます。令和の「推し」カルチャーが入ってきたり、平成と令和の価値観がせめぎあうドラマです。

 野島伸司といえば「家なき子」で貧乏な少女の奮闘を描いていましたが、このドラマでも格差社会の現実を見せていました。まなぶの彼女の麻衣(萩原みのり)は、「悲しい思いをするのは下の人間だってこと」「あいつらにとってはしょせんゲームなんだから」「うちら育ちの悪いチームでくっつけばいいってこと」などと、仁美の住んでいる世界とは違うことをまなぶに言い聞かせます。「上級国民」へのルサンチマンがたまっている人は、彼女を応援したくなるかもしれません。

 でも、第2話の最後、手作り弁当を持ってきたけなげな仁美に、まなぶが突然キスするという波乱の展開に。愛は格差を超えるのでしょうか? セクシーは経済力よりも女性を幸せにしてくれるのでしょうか? 日本の経済力や国力が下がっている今、せめてテンションを上げてくれるドラマに期待が高まります。

今回ご紹介した作品

エロい彼氏が私を魅わす

放送
フジテレビ(関東ローカル)で毎週火曜24時25分~
配信
FODで全話配信中
GYAO!で最新話を2週間配信中

情報は2022年6月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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