辛酸なめ子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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階段下のゴッホ

2022/10/12公開

働きながら藝大受験に挑むヒロインをSUMIREが熱演。

 目鼻立ちのパランスが絶妙で、まさに美大女子の理想像的なおしゃれなルックス……。「階段下のゴッホ」のヒロインを見た第一印象です。演じているのは、SUMIRE。この名前を見て、浅野忠信とCharaの間に生まれた娘さんだったことに気付きました。浅野忠信とCharaといえば、2人ともタイプは違うけれど、それぞれおしゃれ顔の最上位レベル。そのDNAを受け継いだSUMIREなので、もし「美大生がなりたい顔ランキング」があったら1位になってもおかしくありません(個人の感想です)。彼女の顔を眺めていたい、そんな思いでドラマを見はじめました。

 深夜のドラマですが内容はわりとまじめで、高収入女子が画家を目指して美大受験に挑む、という設定。昼間は大手化粧品会社で働く鏑木都 (SUMIRE) が、ギャラリーで赤い抽象画と運命的な出会いを果たし、画家になりたいという夢を抱きます。仕事のあとに美大受験の予備校に通うようになり、ダビデ像似の端正な顔立ちの多浪生、平真太郎 (神尾楓珠) と知り合ったり、新たな人間関係に刺激をもらう、というストーリー。

「拝啓 赤い絵のゴッホ様、あなたからの手紙受け取りました」といった感じで毎回、心の中でゴッホへの手紙をつぶやくモノローグが入り、アート感を高めます。ゴッホの孤独で生前は貧乏だった数奇な運命を思うと、ゴッホの背中を追って大丈夫なのかという心配がよぎりますが、赤い絵の作者は誰なのかという謎も含めて、ストーリーに引き込まれます。若い世代が作ったフレッシュな映画、みたいな映像なので、青春のヴァイブスも増幅。

 鏑木都が入った美大受験の予備校は、少数精鋭のようで5.6人の生徒が黙々と絵を描いています。全員油絵科志望なのでしょうか。通常、美術予備校は現役生と浪人生のクラスが時間帯でわけられていますが、少人数なので、現役生も六浪の平真太郎も一緒に実技しているようです。そこに社会人として入門した鏑木都。「あのさ、中途半端な気持ちならやめたほうがいいよ」「稼いでいるからって何が偉いの。こっちは遊びじゃないから」と、入って早々に平真太郎に挑発されます。しかし平真太郎は、厭世的なことを言うわりには見た目もすっきりしていて、あまり六浪感がありません。美術予備校の多浪生というと、ダスティーなファッションで独特なこなれ感を醸し出し、廊下で頻繁に喫煙しているイメージですが(30年前の所感)……現代はこぎれいな浪人生も多いのかもしれません。

 そして鏑木都も、アートスクールに入って早々、レベルの高い石膏デッサンを描いていて驚きました。子どもの頃絵を描くのが好きだった、という設定でしたが、入って半年くらいで描けるレベルのデッサンを、初心者なのに描けています。アウトラインが強すぎましたが、形も影もわりと正確にとらえていました。仕事を完璧にこなしている女性、という設定なので、デッサンもすぐに習得できるのかもしれません。

「東京芸大目指します。どうせなら日本一の場所目指します」と、強気に宣言した鏑木都。さすが勝ち組で、アファメーション(ポジティブな自己暗示)することの重要性を知っています。次第に平真太郎も彼女の作品を意識するようになります。「俺は俺の絵がピカソよりモネよりゴッホより最高だって納得させてやる」とイキる彼に対し「バカじゃない」と言いながらも、彼の才能を認めている鏑木都。お互い挑発し合い、切磋琢磨していて、恋のフラグも立っているような……。まさかあの赤い絵の作者がダビデこと平真太郎では?と、多くの視聴者が予測していると思いますが、良い意味で裏切られることを期待。

 2話では、鏑木都が化粧品の宣伝の企画で若手の女性写真家、夏目きいろと一緒に仕事することになり、モデルを発掘する流れに。「凝り固まったものぶっこわしていきましょうよ!」「大炎上してかないと」などと語る熱血の女性写真家に最初はとまどいつつも、自分の美大受験の夢を語ることで距離が縮まっていきます。夏目きいろは公園でたまたま見かけた平真太郎を「ダビデ像に似てる」と気に入り、モデルとして抜擢。最初難色を示していた彼も5万円のギャラを提示されると快諾します。親からの仕送りでなんとか生活している浪人生のシビアな現実が垣間見えました。そして、人間嫌いキャラだけれど、時々天然で不思議なことを言い出す平真太郎。「海が鯖色なんだから気持ちが単色なわけない……」などとつぶやいて、写真家の心を掴んでいました。美大生にいそうな不思議キャラですが、どこまで天然か計算なのか、しばらく見定める必要がありそうです。

 3話では、美術予備校の先生のシビアな講評のあと、課外授業で西東京の科学館に行くことになりました。美大の受験にあまり関係ないような気が……先生、本当に合格させる気があるんですか?と思ってしまいますが、青春の1ページとしては重要なシーン。一緒にプラネタリウムを見ることで、鏑木都と平真太郎も少し良いムードに。ふだんは憎まれ口を叩いていても、彼女のことをちゃんと見ていて「あんたさ、絵かくとき鉛筆に力入りすぎ」と的確なアドバイスをする平真太郎。美大受験生は、自分よりも絵がうまくて、アドバイスしてくれるイケメンがいたら、好きにならずにはいられません。もしかして六浪の間、彼はこうやって、初心者の女子を次々ものにしてきたのでしょうか……。恋愛に身を入れすぎて、エネルギーを消耗し、受験で力を発揮できなかったパターンかもしれません。そんな疑惑も浮上。

 このままだと2人の仲は進展していきそうですが、受験生にとって恋愛は禁物。器用な鏑木都なら受験と恋愛と仕事を両立できるのでしょうか? それとも大人の余裕で2人の関係に抑制をかけるのか……。鏑木都の大人の処世術に着目していきたいです。

今回ご紹介した作品

階段下のゴッホ

放送
毎週火曜 深夜24時58分TBS系列にて放送中
配信
TVer、TBSFREEにて最新話を放送後1週間無料配信
Paravi、U-NEXTにて第1話~最新話全話配信中(1週間先行放送)

情報は2022年10月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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