辛酸なめ子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ロリエ・ゴドローと、あの夜のこと

2023/04/25公開

グザヴィエ・ドラン脚本・監督。母の死をきっかけに暴かれる家族の秘密

©Fred Gervais

 "カンヌの申し子"と呼ばれる若き奇才、グザヴィエ・ドランがテレビドラマを初監督。『ロリエ・ゴドローと、あの夜のこと』は、不穏で美しく、危うさが漂う作品でした。サスペンスで、ミステリーで、ヒューマンドラマで、少しホラー要素もある感じです。

『マイ・マザー』『Mommy/マミー』『たかが世界の終わり』でも出てきた、「母親」「実家」といったテーマがこの作品ではさらにディープに描かれています。ドランも「自身の200%をかけた」と語っているそうです。音楽は『DUNE/デューン 砂の惑星』でアカデミー作曲賞を受賞した巨匠ハンス・ジマーが担当し、ドラマの格調を高めています。

 ストーリーは、余命いくばくもない母親、マドレーヌのもとにラルーシュ家の子どもたちが集まるシーンからはじまります。

 悲哀をたたえた瞳の長男ジュリアンとパートナーのシャンタル、30年ぶりに帰郷した長女ミレイユ、イケメンだけれど影がある次男のドゥニ、そしてドランが演じるのは、ドラッグのリハビリ施設から出てきたばかりの三男エリオット。誰かからの電話で取り乱した母親は、そのまま体調を崩し、苦悶の表情で臨終の床に。せっかく会いに来たジュリアンに「あなたはだめ」と言ってショックを与え、「やっちまった」という表情で亡くなってしまいます。そのいまわのきわの顔芸に、これこそドランだと感動。数々の映画で母親と息子の関係を描く中で、煩悶する母親の「顔芸」の演技力が印象に残っています。ドランは本当に、お母さん役を演じる女優というか熟女が好きなのだと実感。

 子どもたちや孫が集まってカナダの幸せな中流階級といった雰囲気のラルーシュ家ですが、過去の90年代の思い出と現在を行き来する中で、それぞれわけありな思い出が蘇ってきます。イケメン監督として評判のドランですが、演じているエリオットは心だけでなく肌もゆらいで首には発疹だらけ、途中、顔を怪我して流血し、ずっと顔の真ん中に傷跡が……。

©Fred Gervais

 美少女だったミレイユは、数十年ぶりに地元に帰ったら街の人が冷たくて、あばずれ女という目で見られています。ミレイユには、母の遺言で、母の死化粧をするというミッションもありました。それぞれ複雑な関係性で、ドラマに引き込まれていきます。

 わけありファミリーの因縁は、30年前に起きた事件に端を発していました。ジュリアンと妹のミレイユ、向かいに住むゴドロー家のロリエは仲が良く、よく一緒に遊んでいたのですが、ある眠れない夜、ミレイユがロリエの家に忍び込み……結果的に親に見つかって、ロリエがミレイユをレイプした、という話が広まってしまいます。ミイレユは寄宿学校に送られたのですが、不純異性交遊で問題を起こし、街から出て行くことに……。あの夜、いったい何があったのか、家の中で見つかったジュリアンの思い出の物品が入った箱や、母の遺した記録などから、核心に迫っていきます。

 長年の悩みがシワとなって刻まれ、老け込んで時に暴力的になるジュリアン、一見明るいけれどゴミ屋敷に住んでいるドゥニ、まだ完全にドラッグから抜け切れていないエリオットなど、それぞれ問題を抱えている兄弟姉妹たち。ミレイユはソフトSMをプレイする相手をアプリで探し、乱暴なプレイで顔が血まみれになったり……このファミリー、血まみれ率が高いです。明るく野心家の母親、マドレーヌと、闇を抱えた子どもたちが対照的に描かれています。マドレーヌが住む実家は、インテリアも花柄で、庭にも花が咲き乱れていて、闇疲れした子どもたちや視聴者を癒してくれます。

 母親の葬式で、ジュリアンがスピーチで語った「真実の醜さと皮肉は私を暗闇に陥れる」「真実と真実を包む光がついに母と一つとなった」というセリフが意味深でした。ジュリアンとミレイユがずっと隠していた秘密とは何だったのか、最後まで目が離せない展開です。

©Fred Gervais

 ジュリアンの元に不気味な黒づくめの男性が現れたと思ったら大学の教師だったとか、母親の遺体にマニキュアを施しながら満足げに笑みを浮かべて母を見下ろすミレイユとか、ドゥニやエリオットが料理するシーンでは食べ物がどれもまずそうで不気味とか、恐怖感を勝手にかき立てられるシーンがちりばめられています。

 もしかしたら見方を変えれば、子どもたちはそれぞれ自立して幸せな家族だったのかもしれませんが、悩みや不安にフォーカスしたら、ホラーでダークな家族像になってしまう……。この作品では、光より陰が丁寧に描かれていて、その芸術的な複雑さに見入ってしまいます。ドランは、シリアスな家族のドラマを描く名手だと改めて感じさせられるドラマでした。

予告編

今回ご紹介した作品

ロリエ・ゴドローと、あの夜のこと

配信
字幕版 Amazon Prime Video チャンネル「スターチャンネルEX」にて全話配信中
放送
BS10 スターチャンネル
【STAR1 字幕版】 5月1日(月)23:00 一挙放送

情報は2023年4月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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