辛酸なめ子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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The Miracle of Teddy Bear

2023/11/02公開

タイの文学界を牽引する人気作のBL作品を映像化

The Miracle of Teddy Bear U-NEXT独占配信中

 作品が次々リリースされるタイBL界。タイで最大のTV局、CH3で放映された「The Miracle of Teddy Bear」がU-NEXTでも配信されています。

 ファンタジックなストーリーでイケメンが出てきて目の保養になりますが、家族や隣人関係の難しさなど重いテーマも含んでいる、見応えある作品です。原作のプラープ氏はタイの文学界を牽引する人気作家だそうです。

 主人公は20代の脚本家、ナットくん。部屋には大きなテディベアのぬいぐるみがあったのですが、あるときミラクルが起きて、テディベアのタオフーが人間に変身してしまいます。ぬいぐるみが若い男子になって、全裸状態でベランダから降ってくるという衝撃のシーンから始まります。ナットくんのお母さんは「小さな王子様」と無邪気に歓迎。普通なら通報するところです。ナットくんは当然ながら、突然の侵入者に不信感をあらわにします。

「お前は誰だ?」と問いつめても「覚えてない」と答えるタオフー。記憶喪失のフリをして切り抜けようとします。

 しかし酔って帰ってきたナットくんと、気付いたら裸体でベッドに寝ていたタオフー。予期せぬBL展開に。全裸で登場したり初回からBLっぽくなったり、最初からサービスシーンが多いのは、まず視聴者の心を掴もうとしているのでしょう。しかしタイではあまり視聴率は振るわなかったそうです……。

 ナットくんはいつも不機嫌な顔のクールなイケメンで、タオフーは肌がモチモチしているピュアな美青年、という対比も良いです。ふわふわした肌感にぬいぐるみの片鱗が。ナットくんのお母さんはタオフーを気に入り、心身の調子が優れないお母さんの世話役として、家に住み込むことになります。

 といってもぬいぐるみだったときのタオフーは、もともとこの家の一員でした。物に魂が宿る日本人の感覚と近いのでしょうか。タオフーは、クッションやソファー、蒲団やスリッパなど家のものとも会話することができます。何か問題が起きると、家の家具たちに相談して、ナットくんと家族の幸せを第一に考えています。

 ナットくんの母親、マタナーさんは、好きだったセーンさんとは別の男性と結婚し、不遇な生活を送りました。亡くなった夫、シップムーンではなく、その双子の兄弟、セーンさんの幻覚と一緒に暮らしています。あらぬ方向を見て会話する母の姿に、ナットくんはいら立ちを隠せません。セーンさんの妻である近所のチャンさんは、常にマタナーさんとナットくんの家の様子を探ったり、詮索してきたりで落ち着きません。といってもタイのドラマは韓流ドラマほど悪い人は出てこないので、基本的にリラックスして観賞できます。

 ナットくんは、タオフーのルックスが昔好きだったヌン先輩と似ているのが気になっていました。ヌン先輩の生家を訪ねると、交通事故に遭って亡くなったことが判明。いっぽうでナットくんの親友と、ヌン先輩の弟が出会い、サブカップルとして関係が育まれることに。タイBLはサブカップルの発展も目が離せません。

 ナットくんも次第にタオフーに心を許し、デートをして親密になっていきます。2人で犬を洗っていたら転んで体が重なり合うハプニングも。家の中でハグなどスキンシップをしていると、家の家具たちが眺めているという衆人環視プレイ状態に。タオフーも、自分の持ち主であるナットくんへの特別な感情を意識します。

 タオフーとナットはついにキスして、いいムードになったと思ったら、タオフーの言葉でナットくんの怒りのスイッチが入ってしまいます。ナットくんの巧みなキスに、タオフーが思わず「ゼリーみたいに甘いし、柔らかい……」と漏らしたのですが、それはナットくんの昔の恋人、ターン(現在は意識不明で入院中)と同じセリフだったのです。なぜかナットくんは「誰の指示だ!!」と怒り出し、正体不明のタオフーが誰かの差し金で家に入り込んできたと誤解。「俺に白状するか、警察で自白するか!?」と問いつめ、「僕はタオフーです」としか答えられない彼を警察に突き出してしまいます。

 警察で「最近何か企んでいるんです」と訴えるナットくん。企みだけでも何かの罪になるのでしょうか……。タオフーは警察に無邪気に「キスした途端に……」と報告。「そういうことなら他人ではないね」と、痴話喧嘩だと帰されてしまいます。

 「僕はナットくんのテディベアだ。なぜ人間になれたのか僕もわからない」と正直に告白したら、またもや激昂したナットくんに殴られ、「よくも平然とそんな嘘がつけるな!」と罵倒されます。

 このドラマでは、とにかくナットくんはイライラして怒りっぽいです。何度も捨てられそうになったり、暴力を振るわれる不憫なタオフー。それでもナットくんとお母さんのことを思いやって、癒そうとしているのはぬいぐるみの性でしょうか。タオフー役の絶妙にぬいぐるみ感が漂う、無表情で全てを受け入れる演技も心に残ります。

 ナットくんはタオフーを置き去りにして車で走り去ります。「僕を捨てないで! 本当なんだ!」と車を追いかけ、転ぶタオフー。もはやSМのような関係です。

 部屋で優しく微笑んでいるぬいぐるみはもの言わぬ存在で、ペット以上に雑に扱われがちです。悲しみのはけ口にされたり、時には八つ当たりされたり、それでも耐えるのがぬいぐるみの使命。受け身のぬいぐるみは、理想の受けキャラなのでしょうか。

 理不尽な扱いをされても、怒ったりせず、全てを受け止めるテディベア男子、タオフーのホスピタリティに胸が熱くなります。AIはいつか人間に反乱するかもしれないけれど、ぬいぐるみは裏切りません。タイでは、ルクテープ人形など、魂が宿って怪異現象を引き起こす例もありますが、モフモフのぬいぐるみはそんな呪物化はしなさそうです。このドラマがタイでヒットしていたら、テディベアブームが起こっていたかもしれません。

今回ご紹介した作品

The Miracle of Teddy Bear

配信
U-NEXT独占配信中

情報は2023年10月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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