辛酸なめ子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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筋トレサラリーマン 中山筋太郎 第2弾

2024/4/30公開

筋トレを疑似体験して一緒にポジティブになれるドラマ

「現代社会のしがらみから解放され、己と向き合い筋肉を鍛える。それは人間に平等に与えられた権利……」

 そんな筋肉についての壮大な提言が掲げられたドラマ「筋トレサラリーマン 中山筋太郎」第2弾。なかやまきんに君がマッチョな体を惜しげもなくさらけ出しながら主演しています。

 中山筋太郎は総合商社「鈴木商事」の営業部に勤めるサラリーマン。ガチなトレーニー(筋肉のトレーニングに励む人)として、ひそかにボディビルの大会にも出場するほどの肉体ですが、会社ではそれを隠してふつうに働いています。会議中、妄想の中では机の上で筋トレして、オールアウト(筋肉に負荷をかけ続け、全ての力を出し切った状態)する妄想に浸るくらい、頭の中は筋肉で占められています。

 そんなある日、会社にイケメンの後輩、山内大翔(菅田琳寧)が入ってきました。「住む世界も体臭も違うんだろうな……」とリア充風の後輩を羨ましそうに見つめる筋太郎。しかし、その後輩が筋太郎の首の後ろを見て「それってもしかしてバーベルスクワット内出血ですか?」と、指摘。実は山内もトレーニーだったのです。オールアウトとかバーベルスクワット内出血とか、マニア用語が次々でてきます。

 筋太郎は同僚の杉田に、マッチョの分類について解説。迷惑系マッチョには、下心丸出しの「スケコマシマッチョ」や他人の筋トレを否定する「論破マッチョ」などいろいろいますが、中でも外道とされるのが、実際の重さよりマシンの設定を盛って撮影する「映えマッチョ」だそうです。

 筋太郎が行きつけのガチ系のジムに山内を連れていくと、マシーンの上でスマホをいじるなど、真剣度が感じられません。他の利用者たちが白い目で見る中、筋太郎は(親御さんが危篤か何かでスマホで容体を確認しているんだ……)と、好意的に解釈しようとします。でも、様子を伺うと、彼はどうやら、実際の重さよりも盛って撮影する、憎むべき「映えマッチョ」だと判明。

 悩んだ筋太郎は、白い世界にワープ。そこでは筋肉細胞の化身たち(半裸のなかやまきんに君が小さくなった存在)が脳内会議していて、半裸で筋肉をピクピクさせながら話し合っていました。テレビに裸体が登場しなくなって長いことたちますが、男性のマッチョな裸体なら世間にも受け入れられます。それにしてもひとり何役もこなしていて、筋肉だけでなく演技力にも圧倒されました。

「あやつの目を覚ましてやれるのは筋太郎、お前だけではないか」と筋肉の化身にさとされた筋太郎。現実世界に戻ると、新たな試練が……。それは意識高い系の上司とのランチでした。回転寿司はグローバルとのことで、コーンマヨ、エビマヨなど脂質の高い寿司を次々食べさせられてピンチに落ち入る筋太郎。寿司ネタを脂質の量で食べるか判断するというマッチョあるあるが展開します。大トロは絶対にスルー、サンマも脂質の塊、イクラも脂質が高くて魔性の女、葉月里緒菜的な存在だそうです。反対にイカは脂質が低く、女優でいうところの黒木華的存在だとか。マッチョでワイルドな見た目なのに内心は細かいことを気にしているギャップがおかしいです。大胆で繊細なキャラのなかやまきんに君だからこそ演じられるのでしょう。

 場面が変わって、マッスルコンの会場へ。マッチョとマッチョ好き女子が出会う場で、筋太郎は理想の女性と出会います。筋肉に興味を持っているユイ(えなこ)でした。マッスルコンでは、開業医マッチョ、ITマッチョなど安定した職業が人気で、中でもヒエラルキーのトップは自衛隊や消防団員などの訓練系公務員マッチョ、というまたマニアックなマッチョネタが。筋太郎のようなコンテスト系マッチョは、パートナーよりも筋トレ最優先なので敬遠されてしまうそうです。会場では後輩の山内とも遭遇。かつて山内の師匠だった武井(武田真治)もマッスルコンの常連として登場。ダンベルを上げる回数を競い合い、女性に告白する権利を得る「ダンベルカールバトル」などの熱い戦いが繰り広げられます。

 そこで「映え」への欲求を満たすためのトレーニングについて、山内に問いかける筋太郎。「みんな自分の承認欲求満たすために筋トレしてるんだろ?」と山内に反論されると、また白い世界にワープ。「なぜお前は苦しい筋トレをやめなかったのか?」と筋肉細胞の化身に問いかけられ「アーノルド・シュワルツネッガーに認められたかった……」と回想。すぐ白い世界に行くのは、筋トレで意識が飛んでいることを表しているのでしょうか。さり気なく、筋トレをやりすぎる危険についても啓蒙してくれているドラマです。

 現実の世界では、ユイは筋太郎でも山内でもなく、武井に心をつかまれていました。またトレーニングに励む筋太郎の孤高な日々がはじまります。いつでも脳内で筋肉細胞の化身たちに会えるのでそんなに淋しくなさそうですが……。

 筋肉は裏切らない、と言われますが、筋肉を鍛えている最中は前向きになれたり、ストレス解消できたり、いろいろな効果があります。このドラマも、基本は何も考えないで笑って楽しめて、マッチョの精神世界を疑似体験できるという、ポジティブな作用がありそうです。

今回ご紹介した作品

筋トレサラリーマン 中山筋太郎 第2弾

配信
Huluにて独占配信中

情報は2024年4月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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