辛酸なめ子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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リクエスト

買われた男

2024/6/14公開

女性用風俗が舞台の大人のための性教育ドラマ

「女性用風俗」が舞台の深夜ドラマ「買われた男」。ドラマからラブシーンが減っているこのご時勢に、かなり攻めた設定だと思い、期待を抱いて拝見しました。

 第1話は、ある主婦からの予約が入るところからはじまります。一見夫とは仲良しですが、夫の浮気などもあって3年間セックスレスになっているのどか。女性用風俗店「KIRAMEKI」からはセラピストのヤマトが派遣されます。

 このお店を仕切っているショートカットの女社長を演じているのは菊川怜。このドラマでは、女風を経営するに至った彼女の過去もひもとかれていくのでしょうか。サバサバした感じで、女性のセクシャルウェルネスの充実を考えていそうな意識の高さが漂います。

「女性の心に開いた穴を埋めるのが仕事」というセラピストのナレーションが入り、ただ快楽を満たすのが目的ではない、というメッセージが伝わります。主婦ののどかへの接客も、丁寧なカウンセリングから始まり、アロママッサージから自然な流れで性感に入っていきます。最初は「緊張、してますか?」などと話しかけていたのに、性感モードへの切り替えは、「かわいいピアスだね」とタメ口になるという、わかりやすい指標が。

 のどかは夫との現実世界を思い出しながら、ヤマトの手に体を委ねていきます。いいところで夫婦の回想シーンになって、やはり深夜ドラマとはいえラブシーンに対しては慎重です。

 のどかは、女性用風俗を利用することで、浮気した夫と対等になりたいのかもしれない、という自分の気持ちについて思いをめぐらせます。そしてサービスの後、ヤマトに自分の内に秘めていた思いを伝えました。

「最初はセックスなんて別にいいと思ってた。けどやっぱり、触ってほしくて。シンプルに求められなくなるのが怖くて……」と、のどかは泣きながら語ります。

「他の男と一緒にいても気になっちゃうくらい、好きなんじゃない? だんなさまのこと」というヤマトの言葉で、夫への愛情を再確認。

 性的に満足させてくれるだけでなく、悩みを受け止めて心理カウンセラー並のアドバイスもしてくれるとは。料金数万円でも安いと思えてきます。しかもこの一夜でフェロモンが出てきたのか夫との夫婦生活も再開されて、ハッピーエンドです。

 第2話は、有名人のお客さんが登場。不倫で干されていた女優の東崎安未果は、ドラマで濡れ場があるため、役作りのため、という大義名分で女性風俗を利用。しかし高圧的で冷たい態度でヤマトはやりづらさを感じます。

「心に傷を負った人は簡単に自分をさらけ出してくれない。本当に意味で向き合うことができるのがこの仕事。そういう彼女たちを親友だと思えば良いのかもね」という「KIRAMEKI」の女社長の言葉がよぎります。ヤマトは安未果にハーブティーを出して、自分の過去の話を打ち明けます。「僕バツ一なんです。昔から逃げてばかりで……」すると、「私不倫してたの。それで何年も干されて……」「恋愛はしないって決めてるの」と安未果も自分の話をし出して、「人を好きになることを怖がらないで」とヤマト。カウンセリング的な会話で心を開かせ、自然な流れで性感サービスへ……。「楽しかった。これで最高の演技ができそう」と安未果は満足そうでした。

 第3話もこじらせている女性客が登場します。過去のセクハラ体験から、男性は性欲まみれの下等な生き物だと思うようになった女社長、千賀子が、道でセラピストのヤマトと偶然ぶつかったことがきっかけで連絡してきます。しかし「ゲスなことをしている男をぶっつぶそうとわざと予約したの」「女性から搾取してそんなに楽しい?」と、常時臨戦態勢。ヤマトはパンツ一枚で廊下に追い出されてしまいます。でも、そのあとまた女社長から連絡があり、過去の辛い思い出を打ち明け、徐々に心を開いていきました。

 女性用風俗のセラピストは、悩んだりトラウマを抱えている女性のネガティブな思いを受け止めることがあるので、肉体的にも精神的にもハードなお仕事です。

 第4話では、同業のデリヘル嬢が女性用風俗を利用。応対したのは人気ナンバー1のシアンでした。「自分にとって天職」と、風俗の仕事について語るまりあを、内心うっとうしく感じるシアン。「お客さんと信頼関係ができていくのが何より嬉しい」という優等生的なまりあに「きれいごと言わずに潔く金目的のほうが納得できるけどね」と、ついに本音をぶちまけてしまいます。傷つき、怒るまりあに、シアンは貧乏だった少年時代について語ると、まりあも実は買い物依存症でお金が必要だと打ち明けました。似た者同士、ということがわかって心を通わせる2人でした。

 4話とも、ただの性の奉仕だけに終わらず、お互い心を打ち明けて癒される、という過程が描かれています。大人のための性教育番組のようです。また、性的なシーンはわりと抑えめで、体の露出も部分的でした。視聴者はじらされ、もしかして次回はもっと激しめのシーンが観られるかもしれない、と期待して毎回チェックしてしまいそうです。そして、女性用風俗っていかがわしいところかも、と固定観念を抱いていた人にも、利用に向けて一歩踏み出す勇気を与えてくれるドラマ。現実のセラピストも、新規のお客の期待に応えるため,このドラマの接客テクを参考にしてもらいたいです。

今回ご紹介した作品

買われた男

放送
テレビ大阪、BSテレ東 水曜24時~
配信
TVer、DMM TVなど

情報は2024年6月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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