辛酸なめ子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

>プロフィールを見る

リクエスト

ハッピー・オブ・ジ・エンド

2024/10/7公開

新宿のダークサイドが舞台のBLドラマ

 先日、業界人の友人に聞いた話ですが、若手俳優を売り出す時、一昔前は戦隊ものに出す、というルートがあったのが、今は深夜のBLに出したい、という芸能プロダクションが増えているそうです。ハマるカップル役で視聴者の人気が出れば、そのあとも末永く応援してもらえることでしょう。

 フジテレビの深夜BLドラマ「ハッピー・オブ・ジ・エンド」でW主演をつとめるのは、柏木千紘役の別府由来と、ケイト役の沢村玲。金髪で情が深そうな濃いめの顔の別府由来と、クールで童顔の沢村玲は、ビジュアル的にも良いバランスです。これは目の保養になりそう、と楽しみに見始めたら、想像以上のハードな内容でした。

 新宿のダークサイドを舞台に展開される性と暴力、そして愛を描いた作品。ある時、ほぼ一文無しの千紘はゲイバーで好みのタイプの男性、ケイトに出会います。古典的なラブストーリーのような展開ですが、バーで振り返ったケイトのルックスにひと目惚れした千紘。催眠術にかかったように隣に座り、「すげー好み」「めっちゃタイプ」とグイグイアピールして、2人きりになることに成功します。でも、それはケイトの罠で、部屋で2人きりになったとたんなぜか千紘はボコボコに殴られてゴミ捨て場に捨てられてしまいました。序盤から展開がめまぐるしいです。

 翌日、「生きてた」と、仲間と一緒に見にきたケイトに「警察に通報してやる」と怒りをあらわにしながらも、ひと目惚れの印象が鮮烈だったため「やらせろよ」とあきらめきれずに食い下がります。ケイトが千紘を殴った理由は、千紘がヒモをしていた年配男性から盗んだカードを取り戻すためでしたが、もう捨ててしまったとのこと。「しかたないね。殴っちゃってごめんね」と軽く謝られます。出会いのシーンの、アプローチされて恥ずかしがっていたかわいいキャラは完全に演技でした。このギャップ感にやられた視聴者も多そうです。

 ヒモだったのが、外で遊び歩いて追い出され、カードまで盗んだという千紘は、ケイトと仲間の2人に「クズだな」と言われながらも車に乗り込み、ケイトの引っ越しの手伝いをすることに。「手伝ってくれたらやらせてあげる」と言われたので、昨夜ボコボコにされた男についていってしまいます。2人はキャバクラや風俗のスカウトの仕事をしているとのこと。お互いクズだと言い合ううちに連帯感が芽生えます。

 ドラマには新宿のうらぶれた通りや、浅草の仲見世の裏側、歴史ある野毛の商店街などが出てきて、場末っぽい街並が雰囲気があります。そしてそんな背景は、イケメンたちをさらに際立たせる効果が。

 親にも勘当され、ヒモをしていたおじさんにも追い出され、行き場のない千紘はケイトの家に転がり込みます。「ひとりでいる時何考えればいいかわからない」「死にたくなる」と語る千紘は、高校卒業時から4年付き合ったバイの恋人に急に結婚された、という辛い過去がありました。自暴自棄になって仕事もうまくいかず、「人生はゴミくずだ」という心境に。しかし次第に明らかになってくるケイトの過去の方が何十倍も壮絶でした。

 感情を見せず、ミステリアスなケイトは、千紘の体をもてあそびながらも自分は着衣のままで、ガードが固いです。ケイトに慰みものにされながらも快感を抑えられない千紘。この2人の関係がどうなっていくのか予測がつきません。そして最初の積極的なアプローチの場面で千紘が攻めだと思わせて、実は受けだったという、ここでもギャップ萌えの魔力が。千紘は見た目は男らしいのに完全に受け身で、ケイトに言われるがまま服を脱いで横たわっていました。

 でも、ケイトが人に心を許せないのは理由がありました。幼い頃中国人の母親に捨てられたケイトは、実際はハオレンという名前で、ひとりで生き抜くために体を売る道を選んだのです。小児性愛で年配のマダムになで回され、さらにドSのサイコパス風男性にSMプレイの相手をさせられ、満身創痍になるという壮絶な思い出が……。闇が深すぎる世界を描いています。かつて日本にあった会員制の小児性愛クラブのことを思い出し、背筋が寒くなりました。

 地位も身分も運にも恵まれず、お金もないハオレン(ケイト)と千紘。何もないからこそ肩書きに縛られることなく、お互いの魂に惹かれていったのかもしれません。ハオレンは少しずつ千紘に心を開いて、「ゴミ同士仲間だろ」と、落ちていた使い捨てカメラをプレゼントしたり、お菓子についてたおもちゃのネックレスをプレゼントして、千紘が喜んで首からかけたら「ダセッ」とバカにしたりしながらも楽しそうです。

 BLでの見どころの一つは、クールな男子が嫉妬するシーン。第3話でそんなときめきの場面が見られました。千紘のもとに元彼の駿一から連絡が来ると、嫉妬したのか、ハオレンはいつも以上に千紘を乱暴に攻め立てた上、後日2人が食事する店に入って様子を監視してました。自分でも気付かないうちに千紘に惹かれていっているのが伝わります。ついにはその駿一の前で千紘の頭からお酒をかけて、駿一に「一回捨てたゴミ拾いにきたの? エコだねあんた」と痛烈な一言。元カレの誘いに乗ろうとしていた千紘にも「お前もずっと不幸なゴミのままか」と吐き捨て、店を出ます。

 目が覚めた千紘は駿一を置いて店を出て、ハオレンを追いかけました。千紘はハオレンの肩に頭をもたれ、そんな千紘の手を取るハオレン。ハードな性行為と手つなぎの順番が逆ですが、やっと2人がここから恋人同士になっていくような期待感が高まります。でも、何かに追われているハオレンの様子から、さらに波乱が続きそうな……。「ハッピー・オブ・ジ・エンド」というタイトルが意味深で、不穏な予感がします。深夜3時にこんな刺激的なドラマを流されたら、朝までギンギンに目が冴えてしまいますが、今後もこの枠で果敢に挑戦してほしいです。

今回ご紹介した作品

ハッピー・オブ・ジ・エンド

配信
FODプレミアム

情報は2024年10月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

週刊テレビドラマTOPへ