辛酸なめ子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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御曹司に恋はムズすぎる

2025/2/7公開

ナルシスト御曹司が初めて知る挫折と本気の恋

 庶民と御曹司の恋愛はドラマの永遠のテーマ。「御曹司に恋はムズすぎる」は永瀬廉が傲慢な御曹司、山下美月が禁欲的な庶民を演じます。

 天堂昴(永瀬廉)はアパレルメーカー「服天」の御曹司。総資産3000億円でイケイケですが、自分が企画した新商品は次々失敗。ドラマは、悪趣味なローライズボクサーパンツを発売したけれど大赤字を出すシーンから始まります。これまでもデザイン盗用で自主回収するなど、何度も会社に損害を与えてきましたが、過剰な自信家の昴は「この俺に不可能はない」と強気です。

 これまで昴を甘やかしてきた、祖父で会長の天堂亘(鹿賀丈史)は、孫の成長のため突き放す決意をします。「服天」に、普通の新入社員として入り、一から出直すことに。法外なお給料ではなく、初任給でやりくりしなければならない事態に。新人として入社したばかりの昴の教育係になったのは、花倉まどか(山下美月)でした。まじめで苦労人の庶民、まどかは昴に厳しく接します。「最低限の規律は守るべき」と、御曹司でもかまわず説教。周りが心配すると「今ちゃんとここで言ってあげなきゃ彼がかわいそうでしょ」と毅然とした態度です。「なんだこの女」と苛立つ昴ですが、すでにフラグが立っているような……。実は花倉まどかは、祖父が見込んで孫の教育係に選んだようです。祖父はさり気なく孫の恋愛や結婚の道筋を画策しているのでしょうか。黒幕というか、登場人物は皆、会長に転がされているようです。

 以前のラグジュアリーな部屋と比べると「トイレじゃん」と思うくらい狭い社員寮に引っ越した昴。隣の住人は偶然にもまどかで、音が漏れてうるさいとクレームをつけに来ます。まどかが昴の乱雑な部屋を見て引いていると「掃除なんかしたら庶民になるからな」と、セレブ発言をする昴。まどかは、空腹だという昴の部屋で自炊を手伝います。昴は、はじめて自分で作った味噌汁のおいしさに、「うまい。俺、天才」と自画自賛し、気が大きくなって、まどかが自分のことが好きだと思い込みます。

 まどかはお風呂のお湯が出しっ放しになっていることに気付き、水をムダにしていると注意しますが、その時に濡れた床で滑って転び、昴にキャッチされてお姫様抱っこのような体勢に。こういうハプニングから恋に発展することも一昔前ならよくあったかもしれませんが、コンプライアンスの厳しい現代では厳しいです。自分のルックスにも自信がある昴は(この顔じゃ惚れるのもしかたがない)と思い、「めしのお礼だ」と、キスしようとします。怒ったまどかは「何する気ですか!?」「変態!」とはねのけ、拒絶の床ドン。無理矢理キスしようとするなんて、今だったら大問題になるハラスメント的な行動です。現代の風潮を反映し、昴が女性社員に告発され、懲戒免職になって路頭に迷う……というハードな展開になることを一瞬想像しましたが、やはり恋愛ドラマなのでそこまでシリアスな事態にはならず。まどかが「次また何かしたら今度は顔面行きますからね!」と怒って忠告するのにとどまりました。男性の部屋でキスされそうになっても、会社で上司に報告しない、ということはまどかも少しは好意が芽生えていたのかもしれません。

 闘志がわいてきた昴は、まどかを自分に惚れさせて落としたい、という思いを抱くように。同僚で友人の友也(西畑大吾)に、まどかについて調べさせます。ブラックカードをチラつかせて彼女を食事に誘いますが、贅沢なものに興味がない彼女はなびきませんでした。隣の部屋の男性社員がノックして時を選ばず訪ねてくる、というのも冷静に考えると怖いです。結局イケメンなら許される、ということなのでしょうか。ハラスメントに厳しくなっている今、恋愛ドラマは描きにくくなっているのを感じます。

 子供服部門への配属が決まった昴とまどか。昴はテンションが下がっていますが、念願の部署に決まったまどかは内心喜んでいるようでした。同じ部署になったので、これからも様々なドラマがありそうです。

 ある大雨の日、会社から帰ろうとして傘を持っておらず、タクシーに乗るお金もなくなった昴は、まどかに傘を貸してもらう、というできごとがありました。傘を持たずに濡れながら帰ったことで、まどかが高熱を出して昴が看病する流れかと思ったら、そんなベタな展開にはならなかったです。

 傘のお礼に、まどかが好きなトマトとあんこという食材を組み合わせ、独創的な手料理を作ってきた昴。また家に直接訪ねてきて、変な料理を食べさせる、なんてハラスメントと言われてもおかしくない行為です。でも、優しいまどかは食べてみて、意外においしいと手料理をほめます。

 これまで表面的にはちやほやされていたけれど、ちゃんと評価されてこなかった昴はやる気を出して、課題の店舗陳列についての案を提出。「バッグを持つお客さま2人が擦れちがえる幅を確保」などと書かれていて、傲慢キャラだったのが「お客さま」と、へりくだって丁寧な言葉を使えるようになっていました。第2回にして、御曹司が更生されつつあります。まどかには、簡単に落とされず、まだしばらく厳しく接してもらいたいです。挫折を知った方が、彼の成長になります。もしかしたらこれも、若い2人の人間関係を予測している祖父の計画なのかもしれません……。

「御曹司に恋はムズすぎる」というタイトルですが、コンプライアンスだらけの令和の時代だから、さらに「恋はムズすぎる」状況になっています。急に腕をつかんで告白なんて「コクハラ」になりそうですが、やはり永瀬廉なので許せる、という感じなのでしょう。これって今はアウトなのでは? と視聴者にハラハラさせないくらいの、自然な展開を期待したいです。

今回ご紹介した作品

御曹司に恋はムズすぎる

放送
フジテレビ系にて火曜23時から放送中
配信
FOD、U-NEXTにて全話配信中

情報は2025年2月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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