辛酸なめ子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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藤子・F・不二雄SF短編ドラマ シーズン3

2025/7/4公開

藤子・F・不二雄が描いたSF短編漫画を実写化

 フェイクニュースや陰謀論がせめぎあう世の中で、「少し(S)不思議(F)」な「藤子・F・不二雄SF短編ドラマ シーズン3」は、心暖まる展開に癒される名作揃い。出演者のキャスティングも絶妙なセンスを感じさせます。2023年4月から始まったシリーズで、シーズン3は全11作品を放送。NHK BSで先行放映され、地上波でもこのたび4作品が公開されました。

「換身」は、尾上松也と、のんが恋人同士を演じ、そこに六平直政が演じるヤクザの組長が絡んできます。怪しい博士が調合した液体を飲んだ組長が、五郎(尾上松也)の体と無理矢理入れ替わって新しい人生を送ろうとします。組長の魂が入った五郎は、五郎の婚約者、みどり(のん)とデート。違和感を感じたみどりですが、軽いショックで魂が抜け出てしまい、3人の魂がそれぞれの体に入れ替わり立ち替わりしてしまいます。組長の体に入って「あらあら、やだ、私!」と嘆くみどりなど、それぞれの演技力で、別人の魂が入っているように見えます。スキンヘッドのヤクザの組長(六平直政)にみどりの魂が入り、「愛情は変わらない」と言いながら、「キスして」と言われると思わず避ける五郎(体はのん)。最終的に組長の魂を追い出すことに成功したものの、五郎とみどりの魂は入れ替わったままになってしまいます。でも、愛があれば乗り越えられる……というポジティブなエンディングでした。最後のシーンが、原作の漫画のコマに変化する、という演出も粋でした(全話に共通)。原作を読みたくなるので、出版業界も活性化しそうです。

「タイムマシンを作ろう」は、SF好きの高校生、松井勝(市村優汰)が、不思議なおじさんに遭遇。その白髪にサングラスの男性(市村正親)に、「君がタイムマシンを作るんだ」と予告される、というストーリー。白髪とヒゲの色が違う男性は、2076年から来た未来人で、なんと勝の51年後の姿だと語ります。思わず「えーーっいやだ~。おじさんじゃん!」と抵抗を示す高校生の勝。「当たり前じゃん、68歳だぞ」「俺ってこんな仕上がりになるんだ」というやりとりにリアルな感情がこもっていました。市村正親と市村優汰は実際の親子なので、現実でも未来を予言しているようです。親子でタッグを組んで2人はタイムマシンを完成させ、恐竜のいる中生代にワープ。でも、実は高校の親友、杉本の方が先にタイムマシンを発明していたことが発覚。おじさんになった2人(自分と杉本)がもめる姿を見ながら、高校生の勝はもうタイムマシンを発明しようなんて思うまいと心に決めるのでした。争いよりも平和を選ぶ展開にホッとします。

 理系に進むのは同じでも、もしかしたら思ったより老け顔の未来の自分を見て、タイムマシンの代わりにアンチエイジングの機器を発明したり……と妄想が広がりました。

「俺と俺と俺」は、黒田弘(矢本悠馬)が山登りから帰宅すると、自分が2人に分裂していた、というシュールな場面から始まります。「なんかややこしいことになったようだ」「いざ、我が身のこととして振りかかってくるとはな~」と、わざと不自然に朗読風に発したセリフが、SFの雰囲気を盛り上げているようです。2人の黒田は、分裂のきっかけは、山の中で見つけた変な植物の刺に刺されたことだった、と思い出しました。植物のツルやトゲに見せかけて、実は細胞を摂取するクローン培養機だったのです。「俺と俺と俺」の漫画の原作の射出は1976年。今のようなクローン技術が発展する50年近く前に描かれたと思うと、藤子先生の先を見通す能力に驚かされます。「俺」が増えてつぶし合いになるかと思いきや、3人いれば可能性が広がる、という平和な結末に落ち着いていました。

「ミラクルマン」は、中二病的な万能感にとらわれた男性の物語。課長のお葬式の帰りに、郷里(柄本時生)が同僚の木関(前野朋哉)の家を訪問。木関の様子がおかしいと、木関の妻のタカネ(玉城ティナ)に告げられます。雷が轟く夜、暗い部屋で、課長を殺したのは自分だと告げる木関。課長に詰められ「くたばれ」と念じていたら実際に急死してしまったそうです。「おれには奇跡を起こす力があるんだ」と、豪語する木関。

 彼の万能感の根拠はそれだけではありませんでした。会社では高嶺の花だったタカネを、なんとか落とした、という成功体験もあったのです。郷里にとってはただの自慢やノロケでしたが、木関はおまじないを駆使し、良いタイミングで彼女を落とすことができたとのこと。ある夜、さびしげな表情で佇むタカネを抱きしめ、2人は結ばれたのです。さえないおじさんなのに、まさに奇跡です。でも、そんな思い出話をしていたら、今になって妻のタカネが意外な事実を告白。なんと、課長と付き合っていて、捨てられたショックで、あの日はやけになっていた、というのです。ショックを受けて、死んだ課長に対してさらに恨みが募り、怒りを爆発させる木関。奇跡の成功体験のリアルな実態を知り、我に返るのでした。

 不思議な展開から、意外な気づきがあり、最後は何かの学びを得る、というSFドラマシリーズ。暴力も修羅場も愛欲シーンもなく、癒されて心が正しい方向に向かうという、原作者の人徳を感じるドラマでした。

今回ご紹介した作品

藤子・F・不二雄SF短編ドラマ シーズン3

放送
NHK総合にて毎週木曜22時45分~放送中
配信
NHKオンデマンドにて配信中

情報は2025年7月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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