辛酸なめ子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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初恋DOGs

2025/8/1公開

愛犬同士が恋がきっかけのラブストーリー

 清原果耶と成田凌、韓国人俳優のナ・イヌが共演するドラマは、タイトルに「DOGs」というワードが入っているように、犬がキーとなる重要な存在です。「恋愛離れ」気味の2人の男女が、愛犬同士が恋に落ちたことをきっかけに、少しずつ距離を縮めていくラブストーリー。

 愛犬家の主人公である2人は、離婚訴訟が専門のクールな弁護士、花村愛子(清原果耶)と、動物第一の獣医・白崎快(成田凌)。花村愛子は豆柴のサクラ、白崎快はミニチュアゴールデンドゥードル(ゴールデンレトリバーとプードルの交配)の将軍という犬を飼っています。豆柴を飼いはじめた愛子のことを、同僚は「シングルライフを満喫するか、それとも犬が出会いを呼ぶか……」と予測。愛子は恋愛に興味がなく、犬と一緒にひとり暮らしを楽しんでいるようでしたが、ある日近所で(サクラに)運命の出会いが訪れます。お互いひとめ惚れしたのは、小柄で黒っぽい豆柴、サクラと、白くてモフモフした将軍。正反対でお互いにないものを持っている2匹は、出会った瞬間見つめ合い、シャボン玉が飛び交う中、眼が離せなくなります。

 いっぽう、飼い主同士は「どうも」と淡々と挨拶。その瞬間リードが絡まって密着し、さらに愛子の髪の毛が快のバッグに絡み付く、というハブニングが発生しますが、恋愛モードじゃない2人はただ気まずそうです。

 将軍にすっかり夢中のサクラを見て、愛子は「しっかりしてサクラ。恋は錯覚。一時的な気の迷い。自ら勝手に盛り上がる自己催眠」と、戒めます。「でも本能ですよ。こうやって惹かれ合うのが」と、獣医師としての見解を語る快を、愛子は冷めた瞳で見ていました。犬同士が仲良くなっても、人間同士に恋が生まれるのは相当時間がかかりそうです。

 いっぽうでもう一人絡んでくる重要な登場人物は、ナ・イヌが演じる韓国の大企業の御曹司、ウ・ソハ。亡くなった祖母が飼っていた犬、ロッキーが日本で保護されて今は快の愛犬となっていることを突き止めます。ロッキーをなんとか取り返したい、という思いで2人と犬たちがいる場所に時々現れるように。イケメンのウ・ソハにも全く興味がない様子の愛子。そんな愛子をウ・ソハはデートに誘います。三角関係になりそうな人間たちと犬たちが織りなすドラマに引き込まれます。SDGsとDOGsをかけているように、愛犬は最後まで家族の一員として大切にしよう、というメッセージがこめられています。

 愛子と快は、弁護士と獣医というエリート系ながら、不器用で気持ちに素直になれず、犬同士のようにフレンドリーに話せません。なかなか進展しない関係にやきもきしながら、時々発生するハプニングにキュンとさせられます。愛子がしゃっくりが止まらなくなったら、快が両手で顔を包み込むという民間療法で止めてあげる場面や、公園の水が顔や髪にかかって濡れてしまった愛子の顔や頭を、袖で優しくポンポンするシーンなど……。

 いっぽう犬たちは感情表現が豊かです。というかサクラと将軍、とくに将軍の演技力には驚かされました。非常に賢い犬種として知られるラブラドール・レトリバーの血が入っているからでしょうか? それとも犬の演技のため何テイクも重ねているとしたら、人間の俳優たちの忍耐力も試されていそうです。

 犬の演技で印象的に残っているシーンは、例えばサクラが体調が悪くなって動物病院に担ぎ込まれたとき、将軍が心配そうに見守る姿が胸に迫りました。また、韓国から来たソハが、「あなたの犬を奪いにきました!」と挑戦的なことを言うと、将軍は驚いて口を開けていました。「えっ? 何この人間!?」と表情が物語っていて、演技力が人間以上です。2話でも、祖母の犬(そのときの名前はロッキー)だった将軍を取り戻そうとするソハに対し、将軍は厳しい顔を見せていました。役名(この場合は将軍とロッキー)と、もともとの自分の名前を覚えているのもすごい記憶力です。ソハが、犬の世話をしてくれた快に、高額な50億円もの謝礼を払うと言ったら、また将軍が驚いて口をポカンと開けていました。犬用の台本もあるのでは? と思えてきます。そのあと不安そうに快を見上げる表情からも、思いが伝わってきました。熟考の末、謝礼はいらないから、もとの飼い主に返そうという考え直した快。「そんなあっさりいいんですか?」と愛子も意表を突かれたようでした。将軍が悲しそうな瞳をしていたのも印象的でした。

 3話の、将軍と快の別れのシーンも感動的でした。ソハに犬を返すことになり、リードを引かれ連れていかれる将軍。ずいぶん淡々としていると思ったら、リードが手を離れた瞬間、キュイ~ン!と鳴いて、快のもとに走って戻っていきました。スローの映像で、モフモフしながら走る躍動感が圧巻でした。やはり最終的には犬の意思、なのでしょうか。快に抱きついたあと、手にじゃれついて、握手を促しているような将軍。「そんな顔で見るな!」と、嬉しさ半分、悲しさ半分の快。それだけでは飽き足らず、将軍は快を後ろからバックハグ! 「キュ~」と鳴く将軍に、「俺だって淋しいよ」と返す快。犬と人間が完全に通じ合っていました。「全愛犬家が泣いた」とも言えそうな感動のシーンでした。

 人間社会中心の世の中で、つい人間が一番偉いと思いがちですが、このドラマで犬の圧倒的な演技力を見て、人間とペットとの関係は対等だと実感。むしろ犬のほうが上の場合もありそうです。人間の俳優陣も、犬に食われないように気合いを入れて演技して、人と犬がお互い刺激し合って見応えあるドラマに。『初恋DOGs』をきっかけに、犬のスターがブレイクする予感です。

今回ご紹介した作品

初恋DOGs

放送
TBS系にて毎週火曜22時~放送中

情報は2025年8月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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