村上淳子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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リクエスト

ファトゥマ

2022/10/14公開

心揺さぶるシングルマザーの復讐劇

Netflixシリーズ「ファトゥマ」独占配信中

 歴史大作『オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム~』の壮大さとドロドロ愛憎劇にど ハマりして、トルコドラマの面白さに目覚め、『Mother(マザー)』『50㎡』『エー トス:イスタンブールの8人』と観てきて、次に気になったのが『ファトゥマ』でした。

「どこにでもいるような清掃係の心に刻まれた、生々しい古傷。失踪した夫の行方を追い、悲劇に打ちのめされた彼女は、やがて途方もない殺意にのみ込まれてゆく」というNetflix の作品紹介で韓国ドラマのような復讐劇かと思い見始めたら、異彩を放つ世界が展開しており、トルコドラマの奥の深さを感じ入りました。

 韓国と並ぶアジアのドラマ大国トルコから生まれた本作は異色の社会派サスペンスで、新進気鋭の脚本家オズギュル・オヌルメが企画と監督を手掛けています。同じ社会派でも『マザー』がハリウッド大作だとすると、こちらはミニシアター系。地味だけど味わい深い。

 自閉症のひとり息子を抱えショッピングセンターのフードコートで清掃係をしている主婦ファトゥマ。行方不明になった夫を探すうち、誤って人を殺してしまいます。ビクビクしながら警察に逮捕される覚悟をしていたところが、地味な主婦ゆえ全く捜査の対象にならずスルー。そこから、まさかの展開になっていくのです。

Netflixシリーズ「ファトゥマ」独占配信中

 ここからネタばれあり!

 一見、弱々しくておどおどしているファトゥマが、我慢の限界に達してキレたときの静かな怒りのパワーが恐ろしい。出所した行方不明の夫を捜すうちに、ダークサイドに堕ちてゆき、悪い男達を次々に殺していきます。復讐劇とはいえ、死体がここまで積み上がるのは類を見ないほど。

 普通のおばさんにしか見えない主演のブルジュ・ビリジックは実は整った顔立ちですが、スカーフで髪を隠しノーメイクで、目立たない清掃員の内面の不安や怒りを控えめな表情のなかで際立出せて、演技力の高さを見せつけます。

Netflixシリーズ「ファトゥマ」独占配信中

 現在と過去が交錯する設定で、しだいに明かされるファトゥマの過去が壮絶すぎて胸が痛い。貧しい暮らしのなか、障がいを持つひとり息子の子育てに苦労しつつ愛情を注ぎ、清掃員や家政婦など労力の割に報われない仕事を続けているにもかかわらず不幸スパイラルに陥っているのです。

 同時に対象的な派手な妹との関係も見えてきます。トルコでは親の事情で幼い娘を嫁がせることがあり、妹はその犠牲になろうとしていたのですが、ファトゥマが過激な方法で阻止。そのおかげで妹は裕福な暮らしをしているようなのですが、クライマックスのラストの姉妹の対話。ファトゥマが記憶から消そうとしていた深い悲しみがここにすべてが凝縮されており胸が締め付けられます。

 本作で重要な意味を担っているのは、トルコの女性の置かれた立場です。トルコの人口のほとんどがイスラム教徒です。トルコは政教分離しているので厳格ではないと言われますが、2022年現在大統領を務めているレジェップ・タイイッブ・エルドアン氏が、国際的な協調も図りながら、イスラム教の尊重、世俗化の見直しなどで多くの支持を受けたこともあり、家父長制と男尊女卑は根強いのです。だからこそファトゥマのような虐げられる女性も後をたたないと推測できます。

 明るい要素は微塵もなく、終始ジワジワと不穏な空気が漂うのですが、心を揺さぶられ見始めたら目が離せない作品。次のシーズンを暗示させるラストだったので、続編でもっとファトゥマの過去と内面が明かされることに期待したいです。

予告編

今回ご紹介した作品

ファトゥマ

Netflixシリーズ「ファトゥマ」独占配信中

情報は2022年10月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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