村上淳子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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WAVE MAKERS~選挙の人々~

2023/8/26配信

台湾総統選挙の舞台裏をリアルに描いた「選挙参謀職人ドラマ」

Netflixシリーズ「WAVE MAKERS ~選挙の人々~」独占配信中

 このところ日本、韓国、台湾で相次いで選挙をテーマにしたドラマが登場し、それぞれの作風の違いがお国柄を感じさせます。

 日本の『離婚しようよ』は、コミカル要素たっぷりに世襲議員のおバカぶりや地方ならではの選挙戦の裏側などを描き、韓国の『クイーンメーカー』はさらなる権力を握るため婿の政界入りを狙う財閥と、対立候補の社会派弁護士、選挙参謀の復讐を刺激的に構築。それらに比べ、台湾の『WAVE MAKERS~選挙の人々~」は一見地味ですが、そのぶんリアルに選挙戦を描く地に足がついた作品です。

「台湾初の選挙参謀職人ドラマ」と称されていたこともあり、観る前はちょっとお堅いドラマかと予想していましたが、とても深く共感するところが多い作品でした。同性婚をアジアでいち早く認め、トランスジェンダーのオードリー・タンをデジタル担当大臣に抜擢する進歩的な面と、変わらない古風な面の両面を描きます。

Netflixシリーズ「WAVE MAKERS ~選挙の人々~」独占配信中

 物語は総統選挙の10ヵ月前から始まり、選挙に関する出来事や勝つための戦略を中心に展開。ちなみ現実に台湾では来年1月の総統選挙に向けた主要政党の候補者が出そろい、現在、選挙戦が本格化。統一の圧力を強める中国とどのように向き合う総統が選ばれるのかを世界が注視しています。

 台湾では総統を直接選挙で選ぶことができ、すでに与野党が3回入れ替わっているため政治に対する有権者の関心が高いのです。不在者投票を認めていないのに、前回2020年の投票率は74.9%(日本は2022年の参議院選挙の投票率は52・05%)。しかも20代の投票率は90%近いとする推計もあり若者の支持を得るため、前回の選挙戦では蔡英文総統は選挙前に相次いで人気ユーチューバーに会って話題作りをしたそうで、本作でもユーチューバーや若者に人気のバンドを取り込むエピソードが出てきます。

 そのメインストーリーも興味深いのですが、選挙に直接関係がない同性婚、不倫、セクハラ、性差別、夫婦の家事分担、移民問題など誰もが今、身近に感じるサブテーマにもフォーカスすることで視聴者の没入感を高めます。

Netflixシリーズ「WAVE MAKERS ~選挙の人々~」独占配信中

 総統選挙に向けて奔走する野党広報部の女性副主任ウェンファンには同性婚したジュリアンがいて、当たり前のようにパートナーとして登場。2019年に同性婚が認められた台湾の新しさと、家庭を省みない働き方で夫婦関係を壊してしまう広報部主任男性の古い価値観の根深さを並列に見せるのです。

 とりわけ後半の物語の鍵を握る副主任の補佐役ヤーチンのセクハラと不倫のエピソードは女性なら心を揺さぶられずにはいられません。党内の総務部の男性から腰を抱き寄せられ防御するも相手に怪我を負わせてしまい、副主任は正当防衛だとして男性に懲罰を与えようとしますが、総務部の上司は揉み消そうとする。ヤーチンも事を荒立てたくないと言うのです。実は、ヤーチンは与党の副総統候補と不倫関係だった過去がありました。そのときにヌード写真を撮られており、それを返してもらおうとするのですが狡猾な相手にしてやられるのですが…。

Netflixシリーズ「WAVE MAKERS ~選挙の人々~」独占配信中

 「たとえ忘れたふりをしても事実があなたを蝕んで命を奪う」というヤーチンに向けたウェンファンの言葉が胸に響きます。この台詞は決して大袈裟ではないのです。性被害にあった女性が長期体調不良や病魔に襲われる可能性が非常に高いということを、日本福祉大学看護学部教授で「性暴力救援センター日赤なごや なごみ」の立ち上げに尽力された長江美代子先生の講演で知り衝撃を受けました。

 実は権力のある男性の卑劣な行いを描いた本作がきっかけで台湾芸能界に#MeToo運動が起こり、セクハラや性被害が発覚。人気司会者のミッキー・ホアンは加害を認め謝罪。あろうことか彼は、司法院から新制度「国民裁判官」のPRに起用されていたましたが解任されました。また、俳優ヨウションは自身のSNSで深く謝罪。俳優シュー・ジエホイも加害を認め芸能界引退を発表するハメに。日本でもジャニーズ事務所の問題が大きく取り上げられたように、台湾でも一連の出来事は衝撃的なニュースとして広がったのです。
 そんな世論を巻き込み社会を激震させるきっかけとなった本作は、台湾の現状を知るためにもぜひ押さえておきたい良質なドラマです。

今回ご紹介した作品

WAVE MAKERS~選挙の人々~

配信
Netflixにて独占配信中

情報は2023年8月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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